【シリーズ・この人に聞く!第180回】尺八奏者 辻本好美さん

和楽器の中でもひときわ凛とした佇まいの尺八。純邦楽のイメージを覆したのはマイケル・ジャクソンの「スムーズ・クリミナル」を演奏した動画。SNSで大反響を呼び、ダンスミュージックと和楽器の見事なマッチングを尺八らしからぬ音色で表現した。コロナ禍でライブが白紙となった悔しさを糧に、この先さらに大きく羽ばたこうとするミュージシャンの想いを伺いました。

辻本 好美(つじもと よしみ)

尺八奏者。1987年生まれ、和歌山県出身。尺八奏者である父の影響で、高校入学と同時に尺八を始め、日本の最高峰の音大である東京藝術大学音楽学部邦楽科へ入学。卒業後は確かな技術と親しみやすい性格で、純邦楽からPOPSまで幅広く活躍している。その活動は国境を越え、アメリカ、イタリア、フランス、ブラジルなど世界中から招致され、海外公演は24カ国33都市、53回を数える。2015年に辻本好美が参加した和楽器カバーの動画が世界中のSNSで大反響を呼ぶ。これを契機に、日本の伝統楽器の素晴らしさを世界中の幅広い世代の人にもっと知ってもらいたいという想いを抱き、ソロ・プロジェクト"Bamboo Flute Orchestra"を結成。2016年にSMEレコーズよりアルバム”SHAKUHACHI"で史上初の女性ソロ尺八奏者としてメジャーデビュー。日本の伝統楽器を世界中の幅広い世代の人にもっと知ってほしい!その想いを胸に日々活動中。

自然を愛し、枠に嵌まらないスタイル。

――お父様が尺八奏者で、お母様が箏奏者でいらっしゃる音楽一家ですね。幼少期はどんな思い出がありますか?

父は整骨院を営む傍らで、尺八の演奏もしていました。母も整骨院を手伝いながら、箏を教えたり。私が通っていた高校にも邦楽部の特別講師として来ていました。母は昔から勉強好きで、公文へ通わせてくれましたが私はあまり勉強は得意ではなく(笑)。向かいの家に住む2歳上の幼馴染と一緒に外遊びばかりしていました。どちらかといえば机にじっと座っているのが苦手。両親の仕事が忙しい時は祖父母に預けられ、自然豊かな山で遊んだ思い出があります。

――和歌山の自然豊かな環境でお育ちになって、尺八は常に身近にありましたか?

尺八は父が練習している時に、かまってほしくて私も吹いている真似をしたり、吹いている楽器の穴を塞いでいたずらをしたりしていました。子どもの頃から尺八を演奏していたわけではなく、本格的に始めたのは高校生からです。母校に邦楽部という部活動があり、そこで尺八を始めました。小学校の頃はリコーダーも吹いていましたし、家では父が尺八を演奏していて楽器に触れる機会は常にありました。

――楽器といえば、ピアノも習っていらしたのでしょうか?

小学校の頃にピアノも習わせてもらいましたが、当時はさほど熱心に練習をしなくて…興味がなかったのです。今になって「あの時もう少し真剣にやっていれば…」と後悔しています。レッスンの時間に座っているだけで、弾けるというレベルには到達しませんでした。あの頃は「ピアノは女の子が習うもの」と私は思っていたので、女の子チックなことが苦手な私は、常に辞めたいと思っていたのです。本当にもったいないことをしました。

――意外ですね。辻本さんの演奏は自由で、尺八という楽器のイメージが覆されるような音色です。どんな想いで演奏を?

私自身、枠に嵌まった生き方が苦手です。苦手というより枠に嵌まることができないので、やりたいようにやるという結果になっています。そういうふうに続けてきて、今のスタイルがあります。尊敬する先輩方がいらっしゃるので、常に刺激を受けてあの先輩のように演奏したい…という想いはあるので、できる限り楽しく学ぶ姿勢で取り組んでいます。

藝大へ入学後さらに才能開花。

――子どもの頃、大人になってからなりたい職業はありましたか?

何か明確になりたいものがあったわけではなく、漠然と人と違うことをしたいと思っていました。学校では体育が好きな科目。担任の先生は音楽専攻ではなかったのですがリコーダーが好きな先生で、大好きな先生と遊びたくて一生懸命にリコーダーを練習したものです。また、音楽の先生も素敵な方で、「アマリリス」という歌を練習するときに、本物の「アマリリス」の鉢植えを育てて見せてくれました。歌って終わりでなく「アマリリス」の花の可憐さを体感させてくれました。

本格的に演奏を始めたのは高校生から。

――そういう授業は想像力豊かになりますね。体を動かすのがお好きで中学では剣道を?

中学で剣道部に所属したのは「今、剣道をしなかったら私の人生でこの先触れ合うことはない」と思ったからです。日本的作法のスポーツですし、やってみたらおもしろいかもしれないと。高校は地元の進学校に進み、最初は吹奏楽部に入部を考えました。仲良しの幼馴染がその学校の吹奏楽部で、一緒にいたくて彼女が演奏していた楽器トロンボーンを希望したところ、人気があって私は担当できず。一緒に活動できないならば…と安直ですが邦楽部に切り変えました(笑)。邦楽部では、箏も少し弾きましたが、尺八が入ることによって部としても曲のレパートリーが広がるので尺八を吹くことが多くなりました。父は内心嬉しかったかもしれませんね。

――高校卒業後は藝大へ進学されますが、すごい競争率を超えて入学をなさったのでは?藝大でたくさんの出会いがありましたか?

邦楽科全体で定員25名で、私が入学した年の尺八専攻は3名でした。尺八には二流派あり、箏も二流派あります。そして能楽、日本舞踊などいろいろな専攻があり、ピアノやヴァイオリンに比べると楽器人口自体少ないです。それまで尺八を演奏している人との交流は父の友人しかいなかったのですが、藝大に入学してたくさん友達ができて、若い世代の音楽家や芸術家と初めて触れ合う機会ができて楽しかったですし、一緒に学べるのがうれしかったです。

――藝大で尺八を専攻される方は、やはりご家庭に楽器があったのでしょうか。

尺八専攻の人は経歴がバラバラな人が多く、ある日ラジオで聴いて衝撃を受けて始めた人や、大学のサークルで尺八サークルがあってそこで興味をもって藝大に入り直した人もいます。ピアノやヴァイオリンを始めるきっかけと比べると、かなりきっかけは少ないですがプロの尺八奏者のお子さんや、尺八の音色に感動して専攻を決められた方もおられました。家庭の中に楽器があったのはとても大きなきっかけで、私も父が尺八を演奏していなかったら、確実に自分も尺八を選択していなかったと思います。尺八に出会わせてくれた父に感謝しています。

自然と触れ合って得た感覚をいかしたい。

――「Bamboo Flute Orchestra」の活動は海外での反響が大きいと思いますが、これまで行かれた国でどんな反応があったか教えてください。

演奏活動ではプライベートでなかなか行かない国にも渡航しました。日本では古典曲の、いわば侘び寂びを感じる演奏を終えた時、歓声が起きるという経験がありませんでしたが、ブラジルでは立ち上がって『ブラボー!』と叫ばれたのは印象的でした。南米では小学校へも訪問して、演奏すると子どもたちの興味津々な顔つきから好奇心が溢れ出ていて、その表情がとてもうれしかったです。

演奏だけでなくファッションも好評。

――尺八も初めて見る楽器でしょうし、日本の美しい女性が奏でる音色や外見にも魅了されるのでしょうね。

海外で演奏する時は、和の文化を紹介するという使命が大きいので、衣装も和装にして見た目的にもわかりやすく、派手目の着物を着用することが多いです。普段見たことのない華やかな雰囲気も味わってほしいと思います。また、海外公演に限ったことではありませんが、着物や帯をリメイクした衣装も好んで着ますが、素敵な衣装を作るデザイナーの方との出会いも宝なので、私自身もさまざまな衣装を準備して着られることを楽しんでいます。

――2020年はコロナ禍でアーティストにとっては活動を中止にせざるを得ない状況でしたが、2021年はどのような想いで活動をお考えですか?

コロナによってスケジュールが真っ白になってしまった期間がありましたが、その中で逆によかったのは自然と触れ合う時間をたくさん持てたこと。そこで得た演奏につながる言葉では言い表せない独特な感覚があって、それを2021年はもっと突き詰めていきたいですし、この先もっと尺八という楽器を広めていきたい。今それを強く思います。もっといろいろなことにチャレンジしたいですし、まだ知らない世界に出会いたい。2020年は自分自身がそういう意味で変われた年でした。2021年、さらなる新たな出会いがあったらうれしいです。

――この先ライフステージが変化して経験するとしたら、ご自身の子育てはどんなイメージをお持ちでしょうか?

いろんな世界の風景を一緒に見たいです。見ることによって心のキャパシティも変わってくると思うので。新鮮で、知らない景色を見せてあげたいと思います。父もいろんな経験を私にさせてくれました。小学2年生の時にオーストラリアへ1か月ほど家族旅行で行ったり、ベトナムやモンゴル、フランスへそれぞれ2週間ほどの自転車旅行へ行ったり。優雅な旅ではなくアクティブな、ちょっとサバイバルチックな旅で、父がすごく楽しんでいたので、私もとても楽しくいろんな経験ができました。そういう旅を自分の子にもさせたい。音楽の道へ進むかどうかも、本人が楽しい方を選択してほしい。仕事にするか、しないかは別ですが、日本人である限り和楽器にも機会があれば触れてもらいたいと思います。尺八をメインに勧めてしまうかもしれませんが(笑)。

編集後記

――ありがとうございました!かわいらしい容姿でおっとりとお話しされる辻本さんですが、演奏すると二倍、三倍と大きく見え、パワフルで心が震える音色を奏でられます。これから先、ライフステージが変化され、さらに尺八の音色が変化を遂げるのを楽しみにしています。

2020年12月リモートによる取材・文/マザール あべみちこ

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