【シリーズ・この人に聞く!第172回】社会福祉法人東香会 理事長 齋藤紘良さん

これまでの概念を覆す、しぜんの国保育園。保育士を「子どもと共に日々を重ねる生活者」と捉え、子どもを真ん中にして過ごす園は、大人もヒントにしたい時間がたくさんあります。現代の子どもたちはかなりヒマな時間が少ない。自己解決能力や主体的な学びは、本来ヒマや余白の中で種子が生まれる。…そう語る、ミュージシャンで僧侶でもあるユニークな園長先生。この春上梓した「すべて、こども中心。」に込めた想い、保育園という場所の機能、習い事と家族の関係性などについて、お話を伺いました。

齋藤 紘良(さいとう こうりょう)

社会福祉法人東香会 理事長/音楽家/簗田寺 副住職子どもと大人がさまざまな関係性に囲まれ、育ち合える環境を考え、場や空間作りを行っている。保育園では、里山文化を体現するプログラム「YATO」や、芸術、食を基盤とした保育実践を、創作活動では、映像番組(Departures, TV, CANADA、The North Faceなど)への楽曲提供や、室内外のさまざまな場所での音楽ワークショップ、講演、他ジャンルのアーティストとのコラボレーションを行う。子どもと大人を文化でつなぐ季刊誌BALLADのプロデュースや齋藤紘良&ミラージュ楽団、COINNなどを主宰。現在までに、Saturday Evening Post名義で3枚のアルバム、ソロ名義で2枚のアルバム、saitocnoとして4冊の著書を発刊。クリエイティブユニット1011(イチ・ゼロ・イチ・イチ)として選曲・選書も行う。最新刊は「すべて、こども中心。」(KADOKAWA)。

保育園と社会をつなぐ橋渡し的な本に。

――お久しぶりです。私、13年前に「ものがたりレシピ」という本のプロジェクトで大変お世話になりました。今回ひょんなきっかけで紘良先生の新刊を知って、さっそく拝読して、共感する点が多々ありました。新刊に託された想いをうかがえますか?

子育てのHow to本にしたらどうかという企画が最初にありましたが、それだと他に多くの専門家もいらっしゃいますし、How toにすると「しぜんの国」が答えになってしまう。しぜんの国保育園に入園すればハッピーというようなことでない。理想郷を語るようにならないよう心がけました。発信が園からですと、どうしても「ここが素晴らしい園」だとする内容に受け取られてしまうのではないか、と。なので、一つの保育園から話題を提供する本になったらいいんじゃないかな、と思いました。保育所という枠を単に、子どもを預ける場ではなく、保育園という場所があることによって地域が発展していったり、社会のなかでより豊かなものが出せるような空間にしたい。保育園と社会をつなぐ、橋渡し的な本にしたいと思いました。

保育士で「しぜんの国保育園」園長を務めていた母と。

――うちの息子も自然に恵まれた保育園で6年間育ってきました。しぜんの国は各地にありますが、それぞれ何人くらいの園児を保育されているのでしょう?他の保育園にとっても、真似したくなる、憧れの園ではないでしょうか?

おおよそですが、町田が162名、成瀬が100名、相模原が180名、渋谷が114名、世田谷上町が100名。学童が70名ほど。
町田の旧園舎を今の園舎に建て替える際、地域に開かれた保育園にするという想いを込めた園舎にしたあたりから、飛躍的に注目されるようになったように思います。本に書いていることはパーソナルな思想や子どもの姿から湧き出したもの。“しぜんの国メソッド”を解き明かしたような本ではないので、それを求めている人にとっては、肩透かしの本かもしれません。でも読んだ人が、「え?そうなの?」と疑問に思ってもらえるのもアリかと。

――「すべて、こども中心。」という本のタイトルも素直に受けとめられます。でも思春期になると、なんでこうなるの?みたいなこともあって、卒園生の親が相談しにきませんか?また、そうした相談にはどう対処されているのでしょう?

ありますね。月並みですがケースバイケースで。これは他の機関と連携した方がいいなという時は、そういう形を取ります。商売っ気のない仕事ですので、その人にとって、この園がどういう意味をもっているのか、常に考えながら接して、僕らでは太刀打ちできない問題がある時は引き継ぐこともある。少しの言葉がけで、気が休まる親御さんもいます。なので、町田の新園舎にはサロンを作りました。保育園は通常、門が閉まってセキュリティーが掛けられていますが、しぜんの国は門はフリーで誰でも入ってこられます。一歩、中に入れるという「開かれた場所」にしたいな、と。子どもたちのいる玄関にはセキュリティーを掛けています。

――環境から考えられていますね。競争率が激しそうですが、保育園の待機人員問題はどのようにお考えですか?一方で保育士不足も言われますが、この職業を一言で表現すると?

保育所に『入れた・入れなかった』だけで、死ぬだの生きるだのコメントが出ること自体、選択肢のない世間を渡り歩かないとならない辛さがあると思います。一時保育もありますが、選択肢がないから保育園に『入れた・入れない』だけになってしまう。保育所が足りないのは日本だけでなく、北欧も都市部では10年前と比べて待機児童問題があります。選択肢を増やすアイデアを引き続き増やしていかないといけませんね。仕事の仕方もテレワークという選択肢が増えて、どのようにこれからの働きかたが変わるか?というように。
保育士は、一言でいえば“ちゃんと生きていく人”ですかね。いろんな個性があっていいけど、「生きる」ということに向き合っている。そういうエネルギーを持っていてほしいですね。

習い事は嫌い。でも自立は早かった。

――各地の園はそれぞれ違いがありますか?どんな特徴があるのでしょう。

違いはありますが、園の特色というよりも、集まっている人によって各施設の特徴が出ます。フランチャイズではないので、学校のクラスのような感じですね。1年1組の今年はこうで、2組はこう…と、担任の先生によっても雰囲気が変わりますよね。担任の先生のように各施設長がいて、それぞれが話し合って決めていることが圧倒的に多い。僕は理事長ですが、僕が決めるというよりも、一緒に話し合って皆で決めていくことのほうが多いんです。誰もが時々によってリーダーシップを取れる関係性です。余談ですが、トップダウンだと、本当の意味ではトップの人は大切にされない。相手のことも大切にしたいし、僕も大切にされたい。自分の意見が絶対ではないので。

庭師さんのポーズを真似る幼少期。

――紘良先生はミュージシャンでもありますが、音楽を始めたのはいつ頃からですか?

幼稚園から小学校5年生くらいまで合唱団に入っていました。それが本当に嫌で(笑)そこから歌うことが苦手になりました。楽器はピアノを小1から6年生まで。ピアノも本当に嫌いで。演奏に入り込むということができなくて、どうしても俯瞰してみてしまう。習い事は全部嫌いでした。

ヒマな時間をたくさん楽しんできた。

――全部というと、他にはどんな習い事をされていたのでしょう?

水泳は小学1年生くらいから2年ほど。それとパフォーマンスをする子どもを育成する某出版社主宰のクラブにも小5の時に気づいたら入っていて。毎週土曜日の10時から17時まで、独りで町田から都心まで片道2時間近く掛けて通っていました。それでますます人前に出ることが苦手になりました。1年弱くらい通ったかな。両親が外で働いていたので、一人で遊びを考える機会が多くありました。期せずして自立は早かったもしれません。

――毎回冒険に行くような時間は得難い体験でしたね。著書の中で言われてる「ヒマこそすべて!」って個人的にすごく好きな言葉です。子どもの頃に豊かなヒマ時間を送っていたのでは。どんな遊びをされていましたか?

森の中で秘密基地を作って遊んでいました。家にある段ボールでロボット作ったり。木登りとかその辺にあるもので子どもたちと遊ぶのはいまだに好きです。今、コロナで皆家にいる時間が増えてヒマができたと思いますが、ぜひヒマを楽しんでほしいと思います。ヒマの一つの裏付けとして、大人になって気づいたことがあります。アフリカや太平洋先住民のいろいろな部族の子育ての映像をみた時に、すごく暇そうにしているんですが、自分なりの遊びを見つけて生活しているシーンがたくさんあった。何もないところから作り上げていく彼らの発想力が素晴らしかった。その感覚、小さな頃に自分も味わっていたな、と思って。

成長に従って対応を変える。それが親の成長にも。

――今、コロナで自宅から出ないで生活する人が大半ですが、何か体のためになさっていることはありますか?紘良先生は僧侶でもありますが。

トレーニングのアプリを入れてます。体を確かめることは必要ですね。これは仏教にも通じますが、ルーティーンをなぜこなすか?というと、一日のスケジュールの中で毎日掃除もこなすことによって変化に気づける。変化は生きている証でもある。自分の中で体に聞く時間、心に聞く時間を一日のどこかで設けるというのは課しています。

家族での一枚。3人きょうだいの末っ子として育った

――ご自身のお子さんは12歳ということで。まもなく思春期かな?と思います。お父さんとしてどんな思いで子育てをされていますか?

子育ては初めてですので、場当たり的なことは多いですが、成長に従って常に対応は変えています。その対応が自分の成長にもつながっている。親は全能ではないから。常に父親とはこういう存在、というよりも1年生の時はこうだったけれど、今はこう…というように子どもの姿を見ながら変化しています。僕も相手もどんどん変わっているからこそ、です。そろそろ異性を意識し始める頃なので、無邪気にいられず距離を取ろうとしているところです。

――思春期が来るとまた新しい関係が築けるでしょうね。今と昔を比べて、子どもに変化は感じられますか?

子どもは変わっていませんが、親が変わっています。例えば、スマホに頼っている生活環境。スマホを与えて自分もスマホに興じるお父さんの存在の影響は大きい。スマホ以前でいえば、電気や車があることによってずいぶん生活が変わりましたよね。でも今では電気も車も子どもにとって悪い影響とは誰も思わない。テクノロジーをどのように使うかを探求していきたいですね。スマホが悪いわけではなく、スマホを介したコミュニケーションのあり方を考えた方がいい。親子や社会、つながっていくための関係性に気持ちを向けていきたいですね。

――最後に、子育て中の同世代へ習い事についてのアドバイスをお願いします。2020年の活動についても教えてください。

習い事や、親ができることは、サプリ感覚でよいと思っています。栄養素を吸い上げるのは子ども自身。そう考えると親も少し荷が軽くなります。僕らがすべて子どもの栄養素を作っていくと思うと、慎重になってしまう。主食は彼ら自身が作るはずです。
2020年は、静かでもアクティブに。僕は軽い男だとみられたい。あいつ呼べばすぐ来るよ…というフットワークの軽い人だと思われたい(笑)。コロナは長期戦で硬くならざるを得ませんが、少し落ち着いたら、力みを外して軽くいきたいものです。

編集後記

――ありがとうございました!今回の取材で再会したのは13年ぶり。時代はメキメキと変化しましたが、しぜんの国保育園の佇まいは変わらず。設備や展開はパワーアップしていますが、子どもへのやさしい眼差しは変わらぬまま。紘良先生ご自身も子育てパート2に移行する変化の季節を迎えておられ、ますます素敵なエピソードが増えていきそうな予感。コロナ収束後に、改めてお会いできることを楽しみにしています。

2020年4月リモートによる取材・文/マザール あべみちこ

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