仮設住宅に積む雪と無音とシャリンシャリン

雪がつくった光景にちょっとほっこり…

なんて言ってはいられない。

Mさん(たぶん70代)は仮設住宅の玄関を開けるなりつぶやいた。

「恨めしいわ…」

雪は降らない予報だったのに、扉を開けたら雪。しかも、しっかり積もりそうな雪がどんどこどんどこ降ってくる。

「この雪、いつまで続くのかしらね」

Mさんは傘をさして、歩いて仕事に出かけていった。

数年ぶりの寒さと雪のせいもあるのだろう。仮設住宅にひとりで住んでいた80代のおばあさんが仮設住宅を出て引っ越していった。かつては60世帯全室が埋まっていた仮設団地だが、今では、被災した住民は10世帯に満たない。年寄りにとって冬を越すのは大変なのだ。Mさんだって他人事ではないだろう、きっと。

住民が減っていく仮設住宅には新顔も入居するようになった。もう昨年あたりから、公務員や地域協力隊など「用途外入居」の若年世帯の方が多いくらいだ。ところが、若者たちはなぜかほとんど雪かきをしない。その分、高齢者の中では若い方のMさんたち数人にしわ寄せがくる。団地の通路から駐車場、場合によっては無人の家の周りまで雪かきする主力4~5人は全員が60代後半以上。いくら協力的じゃないからといったって、若者世帯の前の通路の雪をかかないわけにはいかない。

恨めしいわ…

Mさんのつぶやきが別の意味を帯びているように思えてくる。

ところが当のMさんは、軒先のつららを傘でつっついたりしながら、まるで少女のようにお出かけしていくのだ。

シャリン、シャリン、落っこちたつららが、落ちていった先の雪の中でぶつかって軽やかな音を立てる。

恨めしくはある。でも恨んでも仕方がない。帰ったらまた雪かきだろう。やんたくなる(いやになる)けど、やんなきゃ家が雪で埋もれてしまうからね。

Mさんの後ろ姿が消えた角の向こうから、またシャリン、シャリンとつららの落ちる音が聞こえた。