絵画から戦争を知る_ゲルニカ

felicidad

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ゲルニカ

スペイン内戦中の1937年4月26日。

フランコ反乱軍を支援したドイツ空軍が、スペインのゲルニカに対して行った都市無差別爆撃がありました。

ゲルニカ爆撃です。

ゲルニカに爆撃した理由は定かではありませんが、敵の基地を爆撃するのではなく、市街地を無差別に爆撃して一般市民に恐怖心を与えることを目的に行われたとも考えられています。

このような都市無差別爆撃が最初に行われたのがゲルニカ爆撃でした。

wikipediaより「廃墟と化したゲルニカ (1937年)」
wikipediaより「廃墟と化したゲルニカ (1937年)」

upload.wikimedia.org

ピカソによって描かれたゲルニカ爆撃

wikipediaより「ゲルニカ市にある実物大のタペストリー」
wikipediaより「ゲルニカ市にある実物大のタペストリー」

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この絵はスペインの画家パブロ・ピカソが描いた「ゲルニカ」をタペストリーにしたものです。

当時ピカソはパリ万国博覧会のスペイン館で展示予定の壁画を製作していましたが、ゲルニカ爆撃の知らせを聞いて急遽テーマを変更したそうです。

油彩では乾きが遅いため、工業用ペンキで6月4日頃完成しました。

349cm × 777cmのこの大きな絵は、ゲルニカ爆撃から1か月ほどで完成させたことになります。

ゲルニカはパリ万国博覧会後に世界中を巡回しました。

そして、スペイン政府はゲルニカの返還を求めますが、フランコ将軍の政権下にあっため、ピカソは拒否したそうです。

その後民主化したスペインがアメリカと交渉して、現在はスペインのマドリードにある「ソフィア王妃芸術センター」に展示されています。

絵画の力

子どもの亡骸を抱え叫ぶ母親。

倒れた兵士。

狂った馬。

駆け寄る女性。

手をあげて助けを求める人。

モノクロで描かれており、血の色である赤が一切使われていません。

しかし、私には人々の深い嘆きや悲しみが聞こえてきます。

『凄い』と思いました。

実は私は「ゲルニカ」を見るまで、ピカソの絵にあまり興味がありませんでした。

しかしこの絵を実際に目の前で見て、その迫力に圧倒され、そこで背景が気になって調べてスペインに内戦があったことを知りました。

絵によってゲルニカ爆撃を知ったのです。

ゲルニカは世界中から注目を集める絵画です。

それゆえ、ゲルニカ爆撃は後世まで語り継がれていくのだと思います。

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