今日は喫茶店の日。マスターの笑顔のわけ

最近マスターはいつも機嫌がいい。いや、もともと優しい笑顔がトレードマークのマスターなんだが、最近はとくに表情が輝いている感じがする。

マスターがご機嫌なのは、毎朝のラジオ体操の参加者が増え続けているからだ。8月に入居が始まった岩手県内で最大規模の公営住宅、県営栃ヶ沢アパート。入居した人たちが毎朝ラジオ体操をするようになったのは9月頃。音頭をとったのがマスターだった。

ラジオ体操を始めた頃、参加者はほんの10数名。それも、もともとの顔見知りが中心で、よく言う「出てくるのはいつも同じ顔」状態。それでも毎朝か欠かさず続けることで少しずつ人数が増えてきた。もちろんラジオ体操は健康のためではあるが、毎朝顔を合わせることでつながりが増す。友だちが友だちを紹介して、名前も知らなかった人同士がつながっていく。このごろでは30人近くの人が参加するようになった。

栃ヶ沢アパートの住民だけでなく、外から体操に参加する人も増えている。陸前高田に慰問や観光でやってきた人が参加することも珍しくない。先日も「ここの住人ではないんだけど、体操に参加させてもらってもいいですか」と尋ねてくれた女性がいた。答はもちろん「ぜひ、はまって(参加して)!」

この日はアメリカからのお客さんもいっしょに大勢で体操

コミュニティって、作ろうとしてできるものじゃない。繰り返し繰り返し顔を合わせることで、少しずつ仲間意識が形づくられていく。

ラジオ体操が終わると参加者はお互いに拍手し合う。それがまたいい感じなのだ。体操の後には、あちこちにおしゃべりの輪ができる。イベントなどの連絡事項があれば、マスターから、あるいは参加者から伝えられることもある。「どんなイベントなの」とか、「あ、それ参加したいわ」とその場で話がまとまっていく。回覧板ではこうは行かない。

そんなつながりが広がっていくのを、マスターはにこにこ目を細めて眺めている。

みんながマスターのことをマスターと呼ぶのは、震災前に喫茶店のマスターだったからだ。その喫茶店は陸前高田の人たちの憩いの場所だった。「子どもの頃、何かいいことがあると親に連れて行ってもらってパフェを食べさせてもらうのが楽しみだった」という人がいる。「学校帰りにみんなでわいわいおしゃべりするたまり場だった」という人もいる。「大きな声では言えないけれど、学校さぼって行ったりもしたなあ」という人もいる。

マスターの店は津波でなくなってしまったけれど、長野のコーヒー店から豆を支援してもらって、高田高校仮設の集会所で毎朝2時間ほどコーヒーショップ「コーヒー日和」を開いていた。仮設の集会所でイベントがあると、たとえ「出てくるのはいつも同じ顔」状態であっても女性の参加者は多いが、男性はなかなか出てこない。それがどこの仮設でも共通の悩みだった。ところがマスターのコーヒーショップには男性が毎朝やってきた。無料のコーヒーを飲みながら、あれこれ情報交換するのが朝の日課になっていた。マスターはいつもにこにこ目を細めていた。

「コーヒー日和」は昨年、惜しまれながら終了したが、毎朝のラジオ体操はそれに代わるもの。人と人がつながっていく場所。震災で辛い経験をした人たちが、震災を乗り越えて新しいコミュニティをつくりたい——。それがきっとマスターの願い。

ラジオ体操が終わるとマスターは自転車に乗ってどこかに出かけて行く。最近になって偶然、マスターが出かける先がどこなのか知った。マスターが出かけて行くのは、かつてマスターが自治会長をしていた仮設住宅やコーヒー日和があった仮設住宅など、いまも知り合いが住んでいる仮設。1人では心配な高齢者を訪ねていってお茶っこしているのだ。マスターはそんな人。だから、マスターがにこにこ笑顔でいると、こちらもうれしくなる。何ができるというわけでもないが、少しでも応援したくなる。マスターはそんな人。マスターのような人がたくさんいるからこそ、陸前高田は回っている。