写真は2016年9月のもの。ネットが張られているのが仮設グラウンド。背後のこんもりした山と同じくらいの高さの右手方向に第一中学の校舎はある。一中生たちは学校から急な坂道(雪が積もると必ずといっていいほど、スタックして立ち往生する車が見られるほどの坂)を下って仮設のグラウンドを使ってきた。
新しいグラウンドの高さ
12月の暮れ、高台にのぼる大きな仮設階段の前に設置されていたバリケードが撤去された。
大階段をのぼって行くと、市役所の仮庁舎がある高台に続く大石の坂道を眼下に見下ろすような感じ。
かさ上げ土地に刻まれた段差(崩壊を防ぐためのもの)や、法面に設置された丁張が生々しい。大階段がオープンになったとはいうものの、この場所が工事現場に他ならないことを物語っている。
階段をのぼり切ったところから一中方面を見る。正面の竹と杉の木立の奥に一中の校舎がある。手前に広がっているのは、つい先日まで一中の仮設のグラウンドだった場所。震災以前には酔仙酒造の酒蔵だった場所。
奈々切の坂の近くに新設された舗装道路は坂道部分だけで、かさ上げ土地の頂上で舗装は終わっていた。
かさ上げ土地の頂上には砕石が敷き詰められた砂利道がまっすぐに伸びている。そしてその南側にグリーンのネットが張られた一中の新しい仮設グラウンド。
工事のバリケードの向こうには「造成計画高さ」の看板。どこかで見たことあると思ったら、かさ上げ地の谷間になっている市道大町線から見上げたことのある看板だった。
高台造成地に造られた仮設のグラウンドは広い。広すぎるのが心配になるくらい広い。
なぜならここは、海からの風をもろに受ける場所だから。このグラウンドから先、南の方角には大きな防潮堤が広がるばかり。震災遺構として残されることになったかつての道の駅タピック45も見える。
こんな吹きっさらしで大丈夫なのだろうか。
しかも、大階段を下ろうとして、あらためてこの場所の高さに驚かされる。
かさ上げ高さ14mは、ビルの4〜5階に相当するらしい。
校舎からグラウンドまでの距離を埋めるもの
新しい仮設グラウンドが造られたかさ上げ造成地を降りて、今度は一中への坂道を登ってみた。竹の梢の向こうに見えるのが新しいグラウンド。かさ上げ地の手前に広がるのがかつての仮設グラウンドだ。
これまで一中の生徒たちは、学校の急坂を下ってグラウンドまで行き来してきた。新しい仮設グラウンドが使われることになったこの冬休みからは、学校の坂を下り、かつてのグラウンドの横を通って、高田の町なかを東西方向に結ぶ道としては国道45号線の他にはこれしかない市道大町線(交通量も多い。当然、ダンプカーなどの大型車両が頻繁に往来する)を渡り、仮設の大階段を登ってグラウンドにたどり着くことになる。帰り道もその逆をたどることになる。
校舎の昇降口で靴を履き替えてそのまま走り出していけるような空間を校庭と呼ぶのであれば、一中生たちのグラウンドは何と呼べばいいのだろうか。
覚えておきたいのは、行き来するための距離や時間が倍ほどになってしまったのは、この町の復興工事を進めるためだということだ。
午後6時くらいにこの近くを通ると、部活を終えてスクールバスが発着する学校の坂の下へ歩いて行くジャージ姿の一中生たちの姿をよく目にする。年が明けて、毎日少しずつ日が延びてきたとは言え、日が落ちると急に寒さが厳しくなる。海風が吹きっさらしのグラウンドにいた生徒たちは、体の芯まで冷えきっているかもしれない。
それでも、風が冷たい埃だらけの道を行く生徒たちには、笑顔で喋っていたり、道に飛び出してきたら危ないと心配になるくらいにふざけ合ったりして歩いている。日本中のどこででも見かけるような中学生の姿そのものといった感じの子どもたちがたくさんいる。
むしろ、寒いなあとか、グラウンドが遠くなっていやだなあなんて顔を見かけることの方が少ないような気すらする。もちろん、内心までは分からないが。
これまでよりもグラウンドが倍も遠くなっても、一中生たちはその環境の中で元気に、あるいはそれなりに生活している。気仙中生たちは、ほぼ全員がスクールバス通学でも部活をがんばっている(らしい)。土日でも、わざわざ遠く離れた校舎近くの仮りのグラウンドに通って練習を行っている。スクールバス通学は気仙中生ばかりではない。矢作中や横田中と合併した一中生にもバスで通学したり、部活に通っている子がたくさんいる。
環境として恵まれているとは言えないかもしれない。そんな状況が改善されるようにするのは大人の責務と言えるだろう。
ただ、大人として考えなければならないことは、もうひとつあると思う。それは、たとえ仮りの環境、仮設のグラウンドや仮設の校舎であったとしても、そこで過ごしている子どもたちにとっては、それが彼ら彼女たちにとっての学び舎であり、母校であるということ。
大人の目から見て仮りのものであったとしても、そこで暮らしている子どもたちの現実とか気持ちとかを引っくるめて理解した上でサポートしなければならないということ。
大人たちが思っているほど、子どもたちは自分たちのことを「かわいそう」だなんて思ってはいない。子どもたちは強いのだ。しかし同時に、大人たちがタカをくくていいほどには子どもたちは強くはない。
校庭とかグラウンドとか子どもたちの環境といった問題は、かんたんに理解できるものではないと思う。震災の後、さまざまな形で現れた「仮り」というものが、本当に「かりそめ」のことなのか、そこに「ほんとう」はないのかというところから考え始めるしか、この難しい問題に向き合うことはできないと思う。