熊本県益城町にある木山城。南北朝の時代から関ヶ原の合戦の時代まで続いた古城で、近年になってからは古墳時代の石棺まで出土している。その石垣の一部に考えられない破壊の跡が残されている。
[熊本大地震]震度というと揺れるイメージだが…
石垣が縦に割れている。石積みのラインに沿う割れ目もあるが、真ん中辺りでは石そのものが割れている。
この石垣は間知石を積んだだけのものではなく、コンクリートで裏込めされている。引っ張り力に弱いコンクリートが割れるのは理解できるとしても、より稠密な岩石まで一緒に割れている。いったいどれくらいの力が、どんなふうに掛かったら、石を割ることができるのだろうか。
間知石が飛び出すような石垣の壊れ方は、上からの力が烈しく掛かったからだろうとの意見を、道で会った建設コンサルタントの方から教えてもらったが、この場所には石垣の上に重たいものはない。一番上の2つの石が裏込めコンクリートとの境目で外れていることから見て、この場所では引っ張る力が働いたと見て間違いない。
震度という言葉にはゆさゆさ揺れる地震の揺れ方というイメージがあるが、益城町を襲った地震はそんなものではない。家屋を潰してしまう上下方向の烈しい力に加えて、石垣を割るほどの引っ張りの力も働いた。大きく陥没した場所だけでなく、隆起している場所もある。
益城町の地震の揺れは、ただ烈しいだけでなく複雑なものだったのかもしれない。震度5を超えるような地震は、それ以下のものとはまったく別ものと思っておいた方がいいのかもしれない。