「男の子は10歳になったら育て方を変えなさい」こんなストレートなタイトルの本をご存じでしょうか。子どもの反抗期を上手に乗り切る目から鱗の助言が溢れている一冊です。他にも著書が多数おありの著者・松永暢史さんは教育と学習のあらゆる悩みに答える教育相談事務所「V-net」を主宰し、長年親の厚い支持を得ている先生。ご自身のユニークな幼少期は現在の活動の原型を秘めている。今回は特に男子を育てる親へ熱いメッセージを頂きました。
松永 暢史(まつなが のぶふみ)
1957年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒。教育環境設定コンサルタント。受験プロ。音読法、作文法、サイコロ学習法など様々な学習法を開発し、教育コンサルタントとして講演、執筆など多方面で活躍中。教育と学習のあらゆる悩みに答える教育相談事務所V-net(ブイネット)主宰。主な著書に『男の子を伸ばす母親は、ここが違う!』(扶桑社)、『結婚できない男は12歳までにつくられる!』(ワニブックス)、『ガミガミ言わずに子どもに勉強させる方法』(PHP文庫)、『ひとりっ子を伸ばす母親、ダメにする母親』(アスコム)、『男の子は10歳になったら育て方を変えなさい』(大和書房)など、多数。
観察力鋭く、破天荒な幼少期
――松永さんの著書を偶然手にして読んで、おもしろくってハマってしまいました!男の子、10歳という区切り方がとってもユニーク。でも過ぎてみれば納得!なんですが、どうしてこうしたテーマでお書きになろうと思われたんですか?
男子ってひどい目に遭う体験からしか学ばない動物だと思う。痛い思いをするのに、ギリギリの危険なことをする。そして、そういう体験の集積によって、これはやめようとか、こうしたほうがいいとか学んでいく。でも、もうあと一歩でそういう貴重な体験ができるのに、母親がさせないことが多い。女親からすると、本能的に黙っていられないものなんでしょうね。男子の子育てをどうしたらいいかわからない母親が多いのならば、そういう悩みに答えられる本を作ろうと。しかも読んで前向きになれる内容を心がけました。
――松永さんのお子さんは今お幾つですか?反抗期ありましたか?
上の娘は21歳。下の息子は17歳です。長女は音楽を、長男は小学校時代からラグビーを続けていて、今は二人とも好きなことを勝手にやっているようです。息子は中2くらいから反抗期がひどかったです。その時期は家の中にこんなに嫌な奴が一緒にいることなのかと思いましたよ。反抗期は「嫌悪期」なんです。でも、ある程度親のことが嫌にならないと、いつまでも居心地よくて家に居座ってしまう可能性がある。だから、生物学的にはいつまでも親のことが大好きなほうが気持ち悪いしおかしいのです。僕は自分が酷い目にあったから、本当はよその人に意見する資格がないかもしれない(笑)。
――反抗期には大小はあれど、かわいかった時代の頃を知っている親にとってはその時期の豹変ぶりに「なんで?」という思いが強まりますよね。松永少年はどんな男子だったのでしょう?
僕は母に次々に習い事をさせられました。ピアノ、バイオリン、オルガン、習字、絵、水泳。でも、どれもやめる方法を思いつくのが得意でした。大人のことを観察するのは得意でした。たとえばピアノは先生が清潔好きだったから、ピアノの前に適当に手に泥をつけて汚してから行く。効果があったのは直前に土掘りして爪を青くして行ったら「お子さんはやる気が無くて向かないみたいです」と先生に言われたこと。外で遊んでいたいから、どうやったら辞められるかの作戦をいつも考えました。だからいくら探してきても全くの無意味。やや続いたのはカブスカウトくらいでしょうか。遊び以外は受け付けないのです。
――好きで続けるのでもなく、嫌々我慢するのでもなく、先生にしてみたら「そうきたか!」という感じですよね。幼少期の松永少年を親御さんはどんなふうにおしゃっていらっしゃいますか?
落ち着きが無いなんて表現では足りないほどだったようです。脈略のない動作をずっとしていたようで、デパートでは行方不明になるのが定番でした。僕からしたら3歳頃の息子も同じだと思ったら「おまえはこの子より100倍チョロチョロしておったぞ」と父に言われてそうだったのか!と(笑)。これは明らかに「多動症」です。学校でも興味のないことはまったく聞かないのでいつも成績はボロボロでした。
母子関係シフトチェンジの時期がくる
――先生の本では10歳という年齢をターニングポイントにしていますが、成長の個人差はあっても概ねその辺から体が変化してくると同時に母と子の関係を変えたほうがお互いのため。その点すごく共感しました。
母親が子どもとの関係性を変えない限り、反抗期はひどくなります。反抗期は「自分は子どもじゃない。一人の大人として認めてほしい」という心の叫びでもあります。同時に、親は「親」である以前に一人の人間なんだと気がづいて、自分の親は一体どんな人間なのかを必死に探ろうとして反発を試みています。
――うちは中1の冬に大バトルして親子関係を見直していろいろ変えました。もともと反抗的な息子に手を焼いていましたが、うちはひとり親だということもあって二人分がんばってしまっていた。振り返るとある時期まで本当に子どもにとても熱心だったような気がします(笑)。
親が趣味などの自分自身の時間を楽しむ。あるいは愛情のベクトルを息子以外に向けることです。そして「手は掛けずに目は掛ける」。一個の人間として扱われていることがわかれば、反抗期もそうひどくはなりません。また一方、思春期は自分でもよくわからないモヤモヤした気持ちを抱えている時でもあります。友達との関係、好きな女の子への思い、勉強のこと、将来のこと。悩みは山ほどある。友達に傷つけられて帰ってくることも。でも、そういうモヤモヤを自分の中で消化する術を覚えることも大切な心の成長。自分で自分の気持ちを律することを「自律心」と言いますが、最近の子どもたちは自律心がしっかり育まれていないように思います。「体験」が足りないのです。人を傷つけるようなことが無い限り、母親が先回りして考えたり、物質的に用意したりすることなく、できるだけ手を出さずに見守ることが大切です。
――その通りですね。著書には「オチンチン力を潰すな!」とか「反抗期でも勉強させる方法」など具体的にそうそう!そういうことなんだと気づかせてもらえるアドバイスがいっぱいです。その中でも、しつけの定義付けは特に共感しました。家での役目を何かしら任せることが人格形成につながるのですね。
しつけとは「社会で生きて行くための力を身につけさせること」。自立を促すのもしつけの一環です。そのために「お手伝い」と「旅」の勧めをしています。ここでいう「お手伝い」とは、何かしら役割を与えて任せることです。そしていったん任せたら口出しや手出しはせず、その子の責任のもとでまっとうさせること。詳しい理由は本に書いてあります。
――今さら何やってんの?と言われそうですが、中3息子にふろ掃除担当を任命して毎日やってもらっていたらビックリするほど変化がみられました。あんなに汚すの専門だった子が、お風呂場をキレイにすることを心がけるようになったという。
家庭の中で役割を持てば、自分が家族の構成員であるという自覚が生まれ、自立心は養われます。子ども部屋もそうですが、汚いと困るのは自分自身。まずはそのことをよくわからせて、きれいにすると何よりも気持ち良く過ごせることを体験として教えるようにすればいいのです。
旅、キャンプ、山登り…実体験が人生を支える
――松永先生は今の受験システムにも一石を投じています。例えば中学受験での大手塾のビジネスについてバッサリと本当のことを書かれていますが、ご自身のV-netで取り組まれている教育とは?
もうこの先、日本の学校教育はよくなっていかないでしょう。V-netでは単に受験に勝つスキルを身につける勉強を教えるわけではありません。ここの扉を叩く親たちは、個々様々な悩みごとで相談に来られる方々です。ある意味で、ここに相談へ訪れていることで答えが出ているし、結果的に騙されない人と言えるのかもしれません。自分自身のしっかりした価値観をもっていない人たちは不安を掻き立てられると必ず引っかかる世の中です。また、満員電車の中にいるほど情報に囲まれているということを自覚できていない人も多い。V-netは勉強ができるようになる前の状態から考えてあげる場です。まず子どもの精神状態が健康で活発にならなければならないと思います。
――受験はひとつのきっかけに過ぎず、迷いがある時は一緒に考えてくれる人がほしいんですよね。そういう意味でV-netは迷える親に心強い存在です。松永さんはこれまでの体験のなかで何が一番生き方のベースとなっていますか?
僕は大学時代に友達と3人でムンバイ(インド)→パリ(フランス)の自動車旅行をしました。家庭教師が本格化したのはこの資金造りのためでした。日本から出る。次々と未知の地域を旅して行く。何度もこれはヤバいという目に遭う。でもそれが過ぎると、生きて行動の自由があることを心から幸運である様に思えてくる。また外から日本人社会を見ると、これはかなり特殊な社会であることが分る。その体験もあって、自分のやりたいことを追求しながら、既成の日本社会に沿わない生き方をしてみようと思い立ったのです。解決困難な限界的体験とその克服こそが後の人生を切り開く基になるのだと思います。子どもが転んで足が痛い。でもそれに耐えて自分で立ち上がることを覚えるのと同じです。
――親が模索したことがないと模索=不幸という構図みたいですが、実は模索こそ人生の基礎。受験の手法だけ身について成長すると、心が折れやすくなってしまうの、そういうところに原因がありそうですね。では、10歳までの子育てで勧めたい体験とは?
問題解決能力を身につけさせるには、キャンプや体験合宿などで自然の中に放り込むのが最善策です。テント張り、料理、たき火など一切を子どもに任せてみて親はアドバイザー役として手を貸さない。子ども同士で準備から片付けまでできるだけ一切を仕切らせるのです。そうすることでお互いが知恵を出し合って「どうすればいいか?」を探って乗り越えようとする。乗り越えられると自信につながります。こういう体験があると、日常でも自分で解決しようとするようになるんです。親が介入しないという子育ての仕方、与えるばかりが子育てではないことを親にも知ってほしいです。男の子を男に導く男性ホルモン=テストステロンの分泌は、10歳頃から急激に増加していきます。それまでに男の子を充分に活性化させるために、10歳までに親は、あちらこちらへ連れて行ってほしいですね。もうその後は時間の問題で親とは行動しなくなっていくのですから。
――生きる力って、そういう実体験でしか培えないものですよね。それでは最後に、V-netや書籍を通じてどのような教育活動を今後展開されたいですか?
そうですね。今やりたいことは自分が開発したメソッドを広めたいということですね。多くの子どもの福音になると信じます。僕が開発したメソッドは、どれもすごく単純です。しかも、子どもにどうしても身に付けさせたい事柄の最低限をクリアしている。日本語一音一音音読法、抽象構成作文法、ダイアローグ、サイコロ暗算学習。つまり、日本語が読めて書けてしかも頭の中で暗算できる。後は活性化の習慣と「なぜ?」「なに?」という好奇心を高めることのみ。小学生の子どもたちに最低限与えたい基礎学力はこれだけ。後は自分のやりたいことをやらせるのが良い。これさえできていれば、後はその子どもが14歳になって自分から学ぼうとした時、メキメキ学力を伸ばすことができる。自分がしたくなったら思いっきりするのが学問です。そのためには男性としてのエネルギーが高まっている必要がある。それには近所で友達と擦り合って遊ぶことが一番大事。お母さん同士の結びつきを強くして、もっと男の子が遊ぶ機会や環境を整えてあげてほしいですね。そういった意味で大いに焚火をすることを勧めてやがて小学校の校庭でできる様にしたいですね。