【シリーズ・この人に聞く!第29回】元格闘家 プロレス人気の裾野を広げた 髙田延彦さん

アントニオ猪木に憧れたプロレス好きな少年が日本の格闘技界の風雲児となって、PRIDE人気を牽引。現役を引退後も、道場の主宰、子ども向け格闘技イベントを開催するなど、格闘技を通じて次世代を担う子どもたちの精神と肉体の鍛錬と育成に力を注いでおられます。実生活では、タレントの向井亜紀さんとの間に2003年に双子の男児をもうけ、子育て真っ最中。体当たりな人生について語っていただきました。

髙田 延彦(たかだ のぶひこ)

1980年3月新日本プロレス入門。1981年デビュー。
新日本、UWFインターを経てPRIDEに戦いの場を求める。二度に渡るヒクソン・グレイシー戦、ホイス・グレイシー戦、イゴール・ボブチャンチン戦、ミルコ・クロコップ戦などいくつもの名勝負を繰り広げ続け、2002年11月24日 東京ドームにて『PRIDE.23』対田村潔司戦を最後に現役より退く。
デビューから引退するまで格闘技界の歴史のド真ん中を歩き続けてきた。現在、髙田道場代表。ハッスルエンターテインメント主催『ハッスル』の髙田総統とは古くからの知り合いである。

プロレスラーを目指し自己流でトレーニング

――髙田さんはアントニオ猪木さんに憧れてプロレスラーになろうと決心されたそうですが、そもそもスポーツはお得意で?

小学3年生から6年生まで少年野球チームに所属して、野球に明け暮れていました。当時の監督はいるだけで威厳があって、どっしりと大きな人でした。僕はサード希望でしたが、「おまえはキャッチーだな」と言われ、最も地味なポジションに(笑)。でも、結局それは適材適所で、チームプレーが好きな僕の性質も見破っての配置で、横浜で一番強い少年野球チームでした。中2の時に父が病気で倒れてしまい、親戚に預けられました。通っていた学校へ通うのは遠くなってしまった。これまでテレビで猪木さんのプロレスは、見るものでしかなかったのですが、父の病気をきっかけに「僕もこれをやろう!」と決心したのが転機でした。母がいなかったのですが、父は無遅刻無欠勤で家事もきちんとこなす真面目人間。僕は中学校へ行かなくなってからも、走り込みやスクワット、木を殴ったりして自己流のトレーニングで体づくりを続けました。

一番怖いのは「試合に向けて自分を作っている時」。調子のいい状態でも怪我をしたこともあった。

――ほとんどの中学生が高校受験を考える時代に、ご自分で「高校へは行かずに、プロレスラーになろう」とお決めになったのは、とても意志が強かったのですね。

そうですね、ひとに惑わされることなく、自分を持っていました。もし、昔の自分が目の前にいたら、抱きしめてあげたい気分です(笑)残念ながら中学卒業時の入門テストでは規定に届かずあきらめました。その後、バイトをしながら体づくりをしていたのですが、17歳の時に友達のバイクの後ろにまたがって大事故に遭いまして。1ヶ月くらい入院したんですね。退院してから、いつもは寡黙で怒らない父から「中途半端な生活を送っているからこうなったんだ。たとえダメでもいいから、今すぐ入門テストを受けてみろ」と喝を入れられまして。
よし、やってみようと。それで、書類を送ったら「受けにこい」となって、たまたま拾ってくださった方がいて、そこからプロレス人生が始まりました。そのころは大げさにいえば、自分が世界の中心にいるような感覚で。皆が僕を見ている気分になっていました。超前向きな思い込みですね(笑)。

PRIDEは世界最高レベルのファイターが繰り広げるもっとも質の高い公開ケンカマッチ

――髙田さんは苦しいとか、辛いというオーラがなくて、いつも幸せそうな感じがします。それは演じていらっしゃるわけでなくて、もともとの資質でいらっしゃるのでしょうか。

自分の思う方向に向かって進んでいるうちに、点が線になってつながり、その中にPRIDEのようなものもあったり。僕の場合は、必要以上にネガティブなことを考えるくらいなら、前に進んで失敗してもやってみる!という性質なんですね。もともとの資質に加えて、いろいろな経験が、消化する能力やバネをつくってきたのだと思います。

体を思いきり動かして汗をかいて心の毒を流す

――子ども向けの格闘技イベントを開催されていますが、参加することによって子どもたちはどんなふうに変化しますか?

大人も子どももストレスを感じてため込むメカニズムは変わらないはずです。人が人を傷つけ、人が人に勇気を与える。ストレスを吐き出して、毒を流すことができるのは運動することだと思います。イライラ、くよくよしていることがあっても、スポーツして汗をかくと「なんであんなことでイライラ、くよくよしていたのかな」と思うようになるんです。冷静になってイライラをどこかへ置いてくるかできる。体と体をぶつけ合って、心の汗を流すことができる。何かを感じ取って、学び取ることができるわけです。

幼稚園から小学校6年生の子どもたち対象。道場で体当たりしてくる子どもの顔は輝いている

――ダイヤモンドキッズでは、子どもたちの能力を伸ばすいい身体メソッドがありそうですね。

ある識者のコラムを読んで、僕がダイヤモンドキッズに取り込もうとしていることがあるのです。脳の中に前頭前野という、脳の最高司令塔があります。この働きは大きく分けて3つあるそうです。人格の形成、状況判断をして行動すること、理性と道徳心を維持することです。まさに人間らしさをつくりあげていくものなんですね。この前頭前野の働きが鈍ってくると、物事の判断や理性にも影響してくるという事です。前頭前野がおおむね完成されるのが、10~12歳の間だそうです。この前頭前野の3つの働きを形成、活性化させるのは、人や自然とのふれあい、そして運動だそうです。

「体を使って汗を流せば、感じる心が育つ」という理念でダイアモンドキッズプログラムの活動を推進中

――髙田さん主宰の髙田道場では、子どもたちが思いきり運動することで人間の土台を作りをしているということですね。

勉強ができるとかできないとかの前に、命の大切さ、家族の大切さを感じる心をつくる人間らしい感性を培うことのほうが遥かに大事なんです。その土台が作られていないうちに、ゲームとかパソコン、携帯といったツールで時間がつぶされてしまうと、前頭前野がうまく発達できない。脳の話は後から知って、なるほど!と思いましたが、僕らは本能で「体を使って汗を流せば、感じる心が育つはずだ」と考え、ダイヤモンドキッズの活動を立ち上げました。運動をせずにゲームばかりしている子には、覇気がなくなってしまいます。

――それは、適度な運動をしていないと人間らしさが損なわれるということですね。

その通りです。身体を使った遊びで充分なのです。こんな時代だからこそ微力ながら我々ができるアクションを積極的に起こさなければいけないんじゃないかなと考えています。品川にある髙田道場とは違う方法でダイヤモンドキッズプログラムは全国各地、地域にお邪魔をしてイベントを行っています。レスリングマットが必要ですので、これまでは日体大、国士舘大、青学大などで行って、地域の子どもたちに汗をかいてもらっています。

まじめに取り組み、挨拶すること

――寡黙なお父様でいらしたとのことですが、ご家庭の方針などはいかがでしたか。ご自分の幼児期に通じる方針は、お父さんになった今、髙田さんはどのように実践されていますか。

親父は女性的な面のある父親でした。料理や家事全般うまかった。あまり細かなことは言わなかったですが、うそをつくな!何事もまじめにやれ!挨拶を忘れるな!そんな当たり前のことだけは家のなかで暗黙のルールでした。今、我が家には4歳の双子がいますが、「ご飯は楽しく集中して!」といっても、なかなか集中できずに手こずっています(笑)。

レスリングマットを使用した本格的なレスリング。全国各地で開催している

――一番かわいくて手のかかる時代ですよね。では、髙田さんご自身が信条とされていることとは?

時間を大事に生きよう、ということです。人間は限られた時間の中で、アグレッシブにポジティブに物事にむかっていけるようにしたい。人間だからこそ「死」を前向きに捉えることもできる。時間を垂れ流すようにダラダラと使うのは勿体ない。自分のなかで意識して、一日の時間を組み立てるようにしています。外で身体を使って、子どもであれば夢中になれる時間を日々積み重ねる事こそが時間を大切に使っている証だと思います。

運動せずにゲームばかりしている子は覇気がなくなってしまう。子どもにとって適度な運動は必要

――時間を大切にするというのは、子ども時代には中々意識できないことですよね。大人になって初めてその貴重さに気づくというか(笑)。では、これから取り組みたいことなどは?

毎日の積み重ねを大切に、やりたいことを続けていくことですね。心の毒を吐き出すことと先ほど申し上げましたが、その「吐き出す場所と時間」を保持することが、子どもたちの「らしさ」を作っていると思う。学校以外の場所で体験させてほしい。ぶつかりあって汗を流すスポーツを通して、勝つ喜び、負ける悔しさ、人の痛みを知るわけです。ライオンがじゃれ合うのは本能で、狩りに役立つようにするために、じゃれ合っているんですね。ある意味、人間にも同じことがいえます。

――今、「モンスターペアレンツ」という常識では考えられない言動をする親が増えています。子どもも委縮して心の中を吐き出せなくなってしまう。髙田さんは、こうした現状をどうお考えですか。

知人の空手道場で、練習で鼻血が出ると怒鳴り込んでくる親がいて、残念ながら辞めていかれるそうです。子どもを磨く場所で何を言ってるんだ!と思いますね。そういう場合は毅然とした態度で伝えませんと。あるいは「試合で負けたから」、「うちの子を出してもらえない」…など色々な理由をつけてすぐスポーツの習い事を辞めさせる家庭も多くなっています。子どもにそういう思考のしわ寄せがいっているのに気付かないのでしょう。心の毒を吐き出す場所と時間を子どもから奪わないでほしいですね。

編集後記

――ありがとうございました。ブラウン管を通してもカッコいいですが、実物の髙田さんもオーラがあって素敵でした。私の周りでは髙田さんファンの男性がやけに多くて不思議でしたが、容姿淡麗なだけでなく、物事の考え方や勝負する気風のよさが引きつけるものがあるのでしょうね。奥様の向井亜紀さんと並べば美男美女の目立つカップル+4歳児の双子ちゃんとくれば、家族でのお忍び外出がしにくいかもしれませんね。かわいい時代はあっという間ですから、今を楽しんでください。髙田道場へ、私の息子も送り込みたいです。ぜひ今夏鍛えてください!

取材・文/マザール あべみちこ