夏の海 津波が来たらどう逃げる?

海の日も過ぎ、日本の広い範囲で梅雨も明け、まだ明けていない東北地方でも真夏のような暑さが連日続く。夏といえば海! でもビーチで地震に見舞われたらどうするか?

問題:この坂道を上っている人の足元の標高は?

熱海のビーチから駅がある高台へ向かう細い路地。国道沿いに「駅への近道」と看板が出ているが、あまりに小さな看板なので、気づかない人の方が多いかもしれない。

しかし、この路地の坂道を突っ走れば、足が達者な人なら標高30m以上の高台まで2分もかからないだろう。しかし、この路地を知らなければ、高台への避難は複雑で遠回りする道を使うしかない。「出先」で地震に遭遇したら、避難に使える道を知っているかどうかが生死を分けてしまうかもしれない。

興ざめですが、到着したらまず確認

よほど高性能な防水機能付きの携帯やスマホでもないかぎり、身につけて海に入る人はいないだろう。普段の生活の中では、緊急地震速報や災害ニュースなどで情報武装しているような人でも、ビーチでは丸腰状態、非常に無防備なのだ。

無防備なのは情報に対してだけではない。水着にビーチサンダルなど、服装も無防備。携帯端末や財布、クルマのキーなどの貴重品も、パラソルのところに置いていたり、あるいはコインロッカーの中だったりするだろう。

さらに感覚までも無防備になる。東日本大震災の地震の時、船に乗っていた人に話を聞くと、「海の上だから揺れはしなかったが何か不思議な違和感があった」などと言う漁師さんがいる一方、同じく漁師さんでも気付かなかったという人もあった。海のベテランの漁師さんでもそうなのだから、泳いでいたり、ボードをしていたりしたら、地震そのものに気づかないこともあるかもしれない。海水浴場によっては、津波の恐れがある地震が発生した際に特別な旗などを掲げるところもあるという(たとえば神奈川県の海水浴場ならオレンジ色の大きな旗)。旗の色が何を意味するのかなど、海水浴場ごとのローカルなルールも知っているかどうかで避難に差が出るおそれがある。

これは沼津の津波表示板

だから、ビーチに到着したらパラソルを立てたり、荷物を運んだりしながらでもいいから、まず確認しよう。「避難路はどこか」(震災後東北地方でオープンした海水浴場は避難誘導路の設置と表示が厳しく義務付けられた。当然、他の地方のビーチでも同様だろう)、ビーチに持ち込んだ荷物やパラソルは、いざという時には「捨てて逃げる」ことを確認しておくことも重要だ。大混乱しているビーチで、自分のパラソルを探して、荷物を取りに行ったりしていると、そのせいで命を落としてしまう恐れが大きい。北海道南西沖地震で奥尻島では地震から3分後には地震の第一波が到達している。「過去の地震で津波まで数十分の時間があった」などという話には一切耳を貸してはならない。なぜなら、津波は地震が発生した場所との距離で津波到達時間は大きく異なる。さらに津波の原因となるのは海底地形の急激な変動だが、必ずしも震源域でなくても、海底土砂崩れによって沿岸近くで突然の大津波が起きることもありうるからだ。(奥尻島でもその可能性が指摘されている)

震災後、手作りで復活した長須賀海水浴場の避難看板(宮城県南三陸町)

だから、ビーチの荷物は捨てなければならない。逆に考えれば、大切なものはビーチに持っていかないということだ。お金はチャリ銭を袋にでも入れておけばいいだろう。大きな津波でクルマが流されてしまったらキー云々なんて話ではないのだから、とにかくクルマは諦める。携帯端末は避難した「後」にも大切なものだから惜しいが命には代えられない。どうしても大切なら、津波の恐れのない所に保管するしかないだろう。

ビーチについたらまず、お互いに確認しておこう。興醒めな話になるか、興味深い話になるかは話者次第かもしれない。

海辺の町は道路が複雑で、高いところに直接上る道が限られている

たとえば熱海で過去最も高い津波は何メートル?

関東大震災といえば火災旋風など、火災による被害が甚大だったというイメージが強いが、湘南海岸から伊豆半島にかけては津波による大きな被害を受けている。

湘南海岸は5mから6m規模の津波に襲われ、流失した家屋もあった。また、まだ暑い9月1日の地震だったため、ビーチで海に入っている人も多かったらしい。被害の記録は極めて少ないのだが、鎌倉の海岸で300人が行方不明とか、江ノ島で30人が死亡といった記録もある。実際には、沖に流されて行方不明のままとなった犠牲者や、打ち上げられても身元が判明しなかった犠牲者も少なくなかったと考えられる。

伊東では津波に乗って流れ込んできた船が、町の住宅を破壊して大きな被害が出た。

では、冒頭の問題の写真で紹介した熱海はどうだったか?

関東大震災の津波は、熱海では12mの高さだったと記録されている。この高さは関東大震災の津波の中では極めて高いものだ。海岸線の地形や、津波の元となる海底での地形変動が発生した場所など、さまざまな要因によって津波の性質はその都度大きく異なると考えられる。

12mの津波は東日本大震災津波高さだが、歴史的にはさらに高い津波が熱海を襲ったことがあるという。地震学者の都司嘉宣(つじよしのぶ)さんの研究によると、1703年の元禄関東地震の津波は、熱海で29mの高さに達し、津波到達点に暮らしていた名主が死亡したという。

約30mがどれくらいの高さなのか、海辺の町に遊びに行く際には、標高についても頭に入れておいた方がいいだろう。

問題の答え

解答
左の中学生がダルそうに歩いているのは国土地理院の高さが分かる地図で11メートルほど。右の写真の2人が国道を曲がったばかりの場所は約5.2メートル。ただ、この地図の高度表示はビーチの波打ち際で1mを示すので、差し引きして考えた方がいいかもしれない。

また、この坂道からビーチまでは最短距離で200mもないが、間には国道135号が上り下りで別車線となっており、通り抜ける際の大きな障害になる。

また、クルマで逃げようとしても、標高差の大きな海辺の町には坂を直線的に上る道は少なく、熱海がよい例だが、太い道は大きく坂を迂回するように通されている。写真で紹介した路地は一直線に坂を上っていくが、途中から階段になっていてクルマでは上れない。海辺の町には一般的に、行き止まりの細い路地が多い。

夏に人気のビーチには、坂の多い町よりもむしろ平坦な土地の方が多い。たとえば湘南、たとえば大洗や九十九里浜のように。坂の町と、砂浜の広がる平坦な町では避難方法も異なってくる。津波の際に避難できるビルや公的な避難タワー、指定された避難ビルなどの場所を確認しておくことが重要だろう。(タワーやビルの高さや施錠されていないかどうかの確認は必須)

夜間には点灯するサイン(静岡県富士市)

ゲームでもクイズでもお笑いでもいい。サバイバルをちょっと気にする習慣を

いつ起きるか分からない地震や津波。そんなの一々気にはしていられない、という意見もあるだろう。

でも、何が起こるか分からないこのご時世のこと。もしも大変なことが起きたらどうやって身を守るか、ゲームみたいな感じでみんなで話し合ってみてもいいかも。

「もしも30mの津波が来たら?」
「まさか、そんなデカイの来ないでしょ」
「でも、300年前には来てるんだよ」
「じゃあ、どうしよう…」
「あそこのコンビニまで試しに走ってみる? 何分かかるか」

(はあ、はあ…)

「案外時間かかるもんだね。3分もかかっちゃった」
「それじゃあ、パラソル張る場所を変える? ちょっとでも逃げやすそうな場所に」
「だね」

大切なのは、万が一の時にどう逃げるかは、1人ひとりが置かれている状況で違うということ。避難方法や経路には実は正解などありはしないのだ。

各自治体などのハザードマップもあるが、そもそも誰かが仮定した災害規模に対する想定で作られたもの。あくまでも避難方法や避難ルートを自分で考えるための参考資料に過ぎない。(←★ココ重要です)まして必ず助かりますと保証してくれるものであろうはずがない。(←★ココ重要です)まさに「ないよりマシ」、誰も避難について考えていなかった時代に、問題提起や意識喚起のために作られたものと理解すべきだ。

夏休みの楽しいビーチで残酷な自然災害に遭遇する確率は、確かにかなり低いものかもしれない。しかし、土地勘もない、ビーチで遊んでいたのでは、身を守る衣類すら乏しいだろうし、その上クルマも確実に流されてしまう。いきなり災害弱者として自然災害の前に投げ出されてしまうのだ。

さてどうしよう?

そんな状況の中でどうやって身を守るのかが非常に切実な問題なのは誰にでも分かるだろう。だから、クイズでもゲームでもお笑いのスタイルでもどんな手を使ってでもいいから、みんなで考える習慣を持ちたいと思う。

西伊豆江の浦の遊覧船(静岡県沼津市)

旅先での災害は、直接被害を生き延びればそれでいいというものではない。

自分が住む町で災害に出遭った場合には、あるいは避難生活のベースになったかもしれない自宅や友人宅もない。自分の住んでいる町の自治体や勤務先からも遠く引き離されている。旅先での被災者はたいへん脆くて厳しい状況に晒される恐れが大きい。

さあ、この問題はさらに難しいぞ。どうやって自分の町に帰るのか。途中の町も、自分の町も災害で破壊されているかもしれない状況の中、そして途中の食料・飲料・トイレなどの状況がどうなのかも分からない中、さらには携帯もスマホも流されてしまっている。もちろん広域で停電状態が続いている。

みんなで思いっきりアタマを酷使して、アタマに本気の汗をかかせなければ、いいアイデアなんか浮かばないかもしれない。ビーチに到着したら、ではなく、行きのクルマや電車などの中から話しておいた方がいいくらい壮大なテーマになりそうだ。

いよいよ楽しい夏到来。みんなでサバイバルを考えながら、海を山を楽しもう!