陸前高田でお菓子作りを再開し、失われた町の再建と発展を目指してきた「おかし工房 木村屋」さんが、新たな店舗でのグランドオープンを迎えます。木村屋さんといえば、奇跡の一本松をモチーフにした「夢の樹バウム」が有名ですが、本店舗のオープンでみんなを元気にするお菓子作りが加速します。
陸前高田市の気仙町、今泉の古い町並みの一角で昭和元年からお菓子作りを続けてきた木村屋さんでしたが、大津波で店舗兼工場も、海沿いの道の駅にあった店舗も全壊してしまいます。一時は店の再建を諦めそうになったこともあるそうです。しかし、多くの人々が木村屋のお菓子を待っていることを知り、お店を再開する決意を固めます。震災後最初の店舗は貨車を改造したものでした。2012年5月には、陸前高田の町を見渡せる場所に作られた仮設商店街「栃ヶ沢ベース」に店舗兼工場を出店。新商品「夢の樹バウム」の販売も始めました。
半年後、店主の木村昌之さんにお会いした時、木村さんは次のように話してくれたのをよく覚えています。
「ほんとうに皆さんのおかげです。夢の樹バウムを中心にたくさんの人たちが木村屋の商品をお買い求めくださっています。でも、厳しく考えると、それは私たちが被災企業だからだと思うのです。そこをしっかり考えなければならない。いまは支援という意味も含めて応援していただいていますが、本当の再建は支援という意識が薄れていった後もしっかり事業を続けていくこと。それこそが、これまで力になっていただいた方への恩返しですし、この地域に貢献することだと思うのです」
最初に話を伺った当時は、仮設を出た後の本店舗の場所をどこにするかは、まだ決まっていないということでしたが、場所を定め、長い時間をかけて準備を進め、そしてついに3月14日(土曜日)、木村屋さんが復活します。
新たな本店舗の場所は、陸前高田市役所がある高台です。BRTの陸前高田駅のすぐ近くです。年末に陸前高田を訪ねた時には、バスを降りた瞬間にお菓子を焼く甘い香りが漂ってきて、見ると木村屋さんの象徴ともいえる赤い扉の建物が目に入りました。
感動でした。
ドアは内側からカーテンが閉ざされていたので、まだ準備の最中だと思い、栃ヶ沢ベースの仮設店舗を訪ねると、市役所近くのお店は思った通り木村屋さんの新店舗で、現在は設備の調整などの最終段階だとお店の方に教えてもらいました。
この年末年始は、何度も陸前高田を訪ねる機会があったのですが、オープンに向けての準備などが忙しいようで、木村さんにはずっとお会いできていません。それでも、プレオープンした店舗に入ると、仮設店舗時代とは比べ物にならないほど広いフロアにたくさんの種類のお菓子が並んでいます。左手には大きなガラス越しに工房も見渡せます。ガラスのすぐそばには、焼き立ての夢の樹バウムが何本も、徐冷されているのか、ポールに通して吊り下げられていました。
プレオープンした店舗に入って何より驚いたのは、店員さんやお菓子職人の人数が多いことです。仮設店舗の頃から、小さな敷地にも関わらずたくさんの方が働いていましたが、広い新店舗の方がさらに店員さんの人口密度は高いかもしれません。
木村さんに二度目に話を伺った時、お店のことよりも、復興のこと、町の未来のことばかり話してくれたことが、心の中によみがえりました。こういうことだったのかと合点がいきました。
陸前高田の町は多くのものを失いました。人口のほぼ1割の人の命、約8割の事業所。震災後に町を離れた人もたくさんいます。町の再生は言葉で簡単にいえるようなものではありません。だからこそ、先頭グループとして立ち上がり、東京など県外でも知名度がある木村屋さんは、外(あえて外といいます)へのパイプを通し、経済的な還流を加速させ、地元には大きな新店舗を構え、雇用をつくり出そうとされているのだと思うのです。たくさん吊るされた何本もの夢の樹バウムが、お客さんとお店の人で賑わう店内の活気が、木村さんの言葉に代わって教えてくれました。
木村屋さんの新店舗グランドオープンにお祝いを申し上げます。
でもそれは「よかったね」だけではありません。木村屋さんと陸前高田の人々のこれからに向けてのエールも込めて、お祝いさせていただきます。
最後にもうひとつ、木村さんが語った印象深い言葉をご紹介します。
「町に受け継がれてきた文化といったものまで含めて復興するためには、100年という目線で取り組まなければならないと思うのです」
陸前高田の町の中心となる高台で木村屋さんが切ることになる新たなスタートは、土埃だらけの町の新しい夢の始まりです。