森敏さんが危惧する「京都のピンチ」

農芸化学者で東大名誉教授の森敏さんが、WINEPブログで京都のことを書いている。原子力規制員会が関西電力高浜原発3、4の審査適合を決定したが、原発銀座と呼ばれる若狭湾沿岸の原発で福島第一原発で発生したような過酷事故が起きた時、関西、とくに日本を代表する観光地である京都はどうなるのか、という問題提起だ。

日本人の感覚では京都経済は「観光」で持っていると思われる。イタリアのベネチアと同様世界的にそう思われているだろう。京都文化は歴史的観光資源に立脚しており、世界の観光客は日本固有の文化が京都にあると思っている。だから日本に来るとまず京都を訪れる。1200年の歴史を持つ京都文化の中核は借景の山や庭園や天皇家や公家や名僧などの由緒ある神社仏閣であろう。しかし天変地異やヒューマンエラーによる原発の <ベント> や <水素爆発> や <メルトダウン> などの異変が起こり、20キロ圏先にあるこれらの観光資源と琵琶湖がいったん放射能汚染してしまえば、その除染は至難の業であるばかりか、いったん獲得した『放射能汚染古都・京都』という「世界的な風評被害」は回復不能なダメージを京都経済に与えることになる。

引用元:WINEPブログ 2015年02月15日

ブログによると森さんは原発事故直後から汚染地域に入り、動植物の汚染や食物連鎖による生物濃縮に注目されてきた。昆虫など血液に銅を含む生物の場合、銅と似た性質のある銀が体内に取り入れられ、同位体である放射性の銀-110が濃縮されていくといった研究報告もブログで行われるので見逃せない。生物の放射能汚染を可視化するオートラジオグラフを多数撮影し、一般の人たちへの知の普及にも熱心な方だ。

たしかに若狭湾の原発で何か事がおこり、関西地方の水がめである琵琶湖が汚染されるようなことがあれば、関西は大変なことになってしまう。たとえ、汚染の程度が極めて低くても、汚染されたというイメージは、関西の経済に致命的な打撃を与えてしまうだろう。

関西電力は日本の電力会社の中で最も原発依存度が高いのだそうだ。しかし、だからといって再稼働に向けて突き進んでいって大丈夫なのか。もしもの時を考える知恵が必要なのは間違いないだろう。

最後にもう一カ所、この日のブログの「付記」の部分を引用させていただきます。

付記1:小生の育ちは兵庫県芦屋です。京都が大好きであるが故の心配事です。

付記2:福島に調査に行くたびに、「阿多多羅山」を遠望する。そして高村光太郎の詩集『知恵子抄』にある以下の詩を思い浮かべる。しかし阿多多羅山はいま放射能汚染されていることを思い、みじめな気持ちになるのです。和歌や俳句に詠われた京都の由緒ある山々がそうなってほしくないのです。

智恵子は東京に空が無いという
ほんとの空が見たいという
私は驚いて空を見る
桜若葉の間に在るのは
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ
智恵子は遠くを見ながら言う
阿多多羅山の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとの空だという
あどけない空の話である。

引用元:WINEPブログ 2015年02月15日

御年73歳の先達をつかまえて放つ言葉ではないのは重々承知の上で敢えて申し上げるけれど、森さんが本当にこの国のことを憂いていらっしゃることは、この付記のところを読んでもらうだけで染み込んでいくことでしょう。

私たちの国は度重なる国難の中、「国破れて山河あり」を何度も経験してきました。しかし、この国の山河(もちろんそこに生き続ける人々も含めてですよ)があったからこそ、どんな苦難も乗り越えてきた。それが今の日本の姿につながっているのです。

この国の山河を守ること(繰り返しになりますが、その山河に生きる人々の生活を含めてですよ)こそが、はるか遠い昔から連綿と受け継がれてきたものを、次の世代に引き渡して行くことなのだと思うのです。

森さんと森さんの仲間たちが記事を上げているWINEPブログは不定期更新ですが、その都度きっと、何か大切なことを思い出させてくれるはず。ぜひとも時々覗いてみて下さい。お願い致します。