被災地で進められる土地造成の明暗

東松島市の野蒜地区に出現した巨大建造物

空にそびえる黒々とした巨大建造物。これは津波で進水したエリアのかさ上げをスピードアップするためのベルトコンベアー。

どれくらいの大きさか、写真からは分かりにくいかもしれない。別の角度からの写真の左端、フェンスの向こうに黄色いダンプトラックがちらっと写っている。このダンプ、なんと50トン積みの超大型ダンプだ。公道を走る大型ダンプの5倍の積載量があるといえば、このベルトコンベアーの巨大さが少しは想像できるだろうか。

東松島市では山を切り崩して高台に住宅地が造成されている。山を崩して出た土砂は、津波で浸水した地域のかさ上げに使われる。山を切った土で低い地盤を高くする。そんな大規模な土木工事が進められているのだが、問題は土砂の運搬方法だった。大型ダンプで運ぶ普通のやり方だと、重機で山から切り出した土をいったん集めて、ダンプに積み込んで、土を満載したダンプが山から海辺近くまでの公道を走り、かさ上げ予定地近くに土をおろし、それを油圧ショベルやブルドーザーなどで均していくという作業工程になる。掛かる手間が多い上に、のべ数万台もの大型ダンプが公道を行き来することになる。危険だし、道路も傷むし、町中が埃だらけになってしまう。

ところがベルトコンベアーを使えば、土を切り出す山からかさ上げを行う海辺近くまでがバイパスで結ばれることになる。切り出した土はそのまま海辺の需要地へ。かさ上げ現場に山と積まれた土砂は、通常の大型ダンプの5倍もの大きさの工事現場専用のダンプトラックでごっそり運んで、高さ数メートルの山をつくっていける。

工期短縮、大型ダンプが公道を走ることもなく、町が埃だらけになることもない。

旧・野蒜駅の近くの県道のはるか上空を横切って、ベルトコンベアーは山と海をつないでいる。近くで見上げると本当にデカい。

同様なベルトコンベアは陸前高田にも設置されている。気仙川の西側の山から、川を渡って一本松の近くへ。被災して住む場所がなくなった土地で、稼働する巨大マシンは、復興に向けての土木工事のシンボル的な存在と言えるかもしれない。

かさ上げすることで埋もれてしまうもの

しかし、こんな話もある。たくさんある。大船渡をベースに日本各地で災害緊急支援活動を行う311Karatsの新沼暁之さんは自身のFacebookに次のように書き込んだ。

アホなのは俺か?
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毎日毎日観てる。

毎日毎日
こんなの観てる。。

毎日毎日
そんな事考える。
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毎日毎日
山が崩されていく。

毎日毎日
俺たちが生きた
街に土が高く盛られてく。
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毎日毎日
思い出が
見えなくなってく。

引用元:新沼暁之さん | Facebook

かさ上げをするということは、元の町を土で埋めていくということだ。このゴールデンウィーク、造成が急ピッチで進む女川町に行くとすでに町の一部がなくなっていた。道が消えていた。どこをどう走ればいいのか分からないくらい、町が一変していた。

ここはかつて女川駅があったあたりだろうか……。わからない

名取市閖上(ゆりあげ)のかさ上げ工事のサンプルとして設置された土塁(という言葉しか思いつかないような形状だった)のそばには、こんな看板が立てられている。

この看板を見て、かさ上げの意味がわかったような気がした。かさ上げとは、

あの日、津波に襲われた高さ近くまで、今度は土で埋めてしまうということだ。

取り返しのつかないこと

町の姿が一変してしまう。自然の形を人間が大規模に変えてしまう。かさ上げによって変わってしまうのは、そればかりではない。震災から3年が経過した時点で、被災地にはまだご遺体が見つからない人が2,668人もいる。

行方不明者。身近なたいせつな人を失い、いまだに遺体の一部すら見つけることができない人たちにとって、その5文字の言葉が意味するのはどういうことだろう。

かさ上げによって、わずかな手がかりまでも失われてしまうかもしれない。その心情を想像することができるだろうか。

閖上の町ではいまも、行方不明者の捜索を続ける人たちがいる。思いは大規模な造成が始まる前に、何とか遺骨の一部でも見つけたい。せめて手がかりのひとつでも見つけたいというものだろう。しかし、造成工事の日程は迫る。

津波で被災した土地に戻りたいと希望する人数は日を追って激減してきた。もっと安全な内陸に宅地を造成してほしいという声は大きい。しかし、市は当初の予定を強引に推し進める形で、津波で大きな被害を出した土地の造成工事に取り掛かろうとしている。かさ上げは、行政と住民の間にあるわだかまり、住民の声までをも埋め立てて、蓋をして、過去のものにしてしまうかもしれない。

閖上の土塁の上から、何軒かの家を残してほとんどの建物が撤去されたままの姿の町を眺めながら、何とも表現のしようのない悔しさを感じる。

閖上の日和山から見た現在の町の姿

タイトルに「明暗」という文字を記したが、「明」という言葉をいい切ることは自分には難しい。

写真と文●井上良太