こぼれ話 ~日本が世界に誇れる販売システム~
多比口峠から下ってくると、中腹あたりで登山道は終わり、車一台がやっと通れるほどの舗装された狭い道へと変わる。
時計は15時を示していたが、すでに日は傾き始めていた。晩秋の気配を感じる。海岸沿いを走る国道へと続く、傾斜のきつい細い道を歩く。道路の脇にはみかん畑が所々、散見される。
登山道が切れた地点から少し行くと、道は二つに分かれていた。分岐点には木製の箱がおいてある。蓋はない。近づいてみると、みかんの無人販売所だった。
木箱の中には、みかんがいくつか入った赤いネットが置かれていた。箱の前面に小銭を入れる代金箱が取り付けられている。
網のひとつ取り上げ、数えてみると7個入っている。値段は100円。少々小ぶりながらも安い。スーパーの半額以下だ。鮮やかな橙色をしており、いかにも甘そうだった。
僕は、迷わずに小さな代金箱へ100円玉を落とす。「チャリン」と重みのある音がした。箱の中には結構な量の小銭が入っているようだった。その音にほっとするとともに嬉しくなった。箱の中から一番艶のある美味しそうなものを1つ選ぶと、再び歩き始めた。
ネットからみかんをひとつ取り出す。皮をむき、歩きながら食べる。
甘く瑞々しかった。いい買い物をした。小さな幸福感に満たされる。思わずもう一個食べてしまう。
夕日がみかん畑を染めている。美味しいみかんと無人販売という素敵な販売形態に、足取りは軽かった。
無人販売所は日本が世界に誇れる販売システムだと、僕は思っている。信頼の上に成り立つ販売形態で、世界中探してみても、この形態をまねする事ができる国はそうそうないだろう。無人販売所。この先もずっと日本に残ってほしいと願う誇れる販売形態。
哀愁漂う秋の夕暮れ時、僕は縦走を終えた満足感と素敵な無人販売所に小さな幸せを感じながら、沼津アルプスを後にした。
沼津アルプス最高峰・鷲頭山
Text & Photo:sKenji