いくらの季節。鮭がのぼる川

フェイスブックを見ていると、やたらめったらイクラの写真が並ぶ。みんな東北の友人たちの書き込みだ。イベントに参加したこども達を送った帰りに南三陸にUターン。お目当ては…っていう記事に添えられていたり、晩御飯は特製イクラ丼!うまい!なんていうストレートな自慢話だったり。
秋が深まっていくこの季節、東北はイクラのベストシーズンでもあるみたい。

おがつ店こ屋街の「南三陸うまいもの屋 洸洋」さんの海鮮丼にも自家製イクラがどっさり

プチッとはじけて、じゅわ~と美味しさ広がる

雄勝の仮設商店街、おがつ店こ屋街(たなこやがい)の洸洋さんのウリは肉厚で甘い雄勝産のホタテだけれど、サケが川に帰ってくるこの季節、名物の海鮮丼には宝石のようないくらがどっさりと載せられる。

「ホタテやウニはもちろん雄勝産でしょうけど、イクラはどこで仕入れたものですか? とっても美味いですけど」
との質問に、社長の上山政彦さんは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに、
「イクラはね、自分で漬けたんだ。自家製」
と笑った。しっかり成熟した素材を選ぶことはもちろんだけど、味付けの微妙なさじ加減でイクラの味はまったく別物ってくらいに違ってくるのだとも。

東北の漁師町では、イクラを自分で漬けるという人がたくさんいる。
塩水で筋子をほぐして醤油に漬ける――。イクラのつくり方は基本シンプルだが、隠し味に加える酒やみりんの分量や、まろやかさを出すために出汁を少し混ぜるかどうかなど、家ごと、浜ごと、その人ごとに秘伝のレシピがある。そしてきっと、みんなが「うちのが一番」と思ってる。

はるな愛、ハリセンボン、サンドウィッチマンがおがつ店こ屋を訪ねて、みんなで海鮮丼をつくった店こ屋1周年のイベントでも、丼の真ん中にイクラがあった。

そんなこだわりのイクラをお店や漁師さんちでごちそうになる。ハシゴして味くらべしたりする。
うーん、なんというゼイタク!
この食材が宝石にたとえられるのも納得だ。

受け継がれてきた生活の季節感

漁師の小松利久さんと大須の漁港でおしゃべりしていた時にも、知り合いらしき人が軽トラに乗ってやってきて、「そこのクーラーの中にあっがら」、「あんがとね」と、それはそれはもう目配せとほんの一言二言交わしただけで立派なサケをテイクアウトして行った。

「サケはね、遡上する前に川の近くの海に集まってくんの。サケのいるところに刺し網を入れておけばなんぼでも獲れる。いい型のを狙うにはコツもあるんだけどね。あの人はイクラを作るのを楽しみにしてるんだって」
小松さんはヒラメやタイなど市場で高値がつく大物を狙う腕利き漁師だけれど、この時期はサケも獲る。とったサケは自分ちで食べるだけでなく、ご近所や知り合いにおすそ分けする。漁師さんたちはサケに限らず、たくさん獲れた魚を惜しげもなくおすそ分けしてくれるものだけど、冬を迎えるこの時期のサケはどうやら別格のものらしい。サケで自家製イクラを作り、身は新巻鮭にするという生活は、きっとずっと昔から受け継がれ、繰り返されてきたものなのだろう。

イクラをとるサケはシロザケ。ずっと昔から日本の川で生きてきたサケだ

サケがのぼる東北の川

川で生まれたサケは海へ下り、4年の後にふるさとの川に産卵のために帰るという。昨年の11月には雄勝の町中を流れる川の河口近くで、産卵するサケの姿が見られた。背びれが水面から出るくらいの浅瀬でバシャバシャと水しぶきが上がる。護岸に津波の傷跡が残る小さな川に、サケは群れをなしてのぼってきては、そこかしこで水しぶきを上げる。

雄勝小学校と雄勝中学校に挟まれた川にもサケが遡上していた(2012年11月)

「でもね、例年はこんなもんじゃなかったよ」
そんな話をあちこちで聞いた。東北にはサケがのぼる川が多い。ちょうどこの時期、サケの遡上が話題になる川をざっくりピックアップすると新田川、津軽石川、閉伊川、大槌川、綾里川、気仙川、気仙沼大川、志津川、北上川、鳴瀬川、広瀬川、阿武隈川、請戸川、木戸川、夏井川などなど、まさに枚挙にいとまがない。
北上川では宮城県石巻の河口から100km以上離れた盛岡あたりまでサケが上っていくという。福島県浪江町の請戸川には東北最大規模のサケのヤナ場があって、毎年「さけまつり」が開催されていた。楢葉町の木戸川のヤナ場も有名でサケ釣りが人気だったとか。原発事故の後もサケは変わらず川に帰ってきているという。

いわき市久之浜を流れる大久川では、最盛期には棒で突いて獲れるほどという話を聞いたこともある。先端に刃の付いたヤスのようなものかと思ったら、「いや、ふつうにその辺にある棒で突いたり、叩いたりして獲れるくらいにたくさんいたんだ」という地元の人の言葉に驚いた。

あらためて、つくづく思う。東北の川はサケの川なんだと。

秋、サケがのぼって来る頃になるとなんとなくワクワクする。真っ赤なルビーのようなイクラをどっさり、白いご飯に載せて食べたくなる。震災でも変わることのなかった東北人の季節感。

でも、そんなサケにしてみても、原発の被害を蒙った土地では温度差がある。サケがのぼってきたのを見ても、「あー、でもなぁって考えてしまう」といわき市出身のボランティアさんはため息をついていた。

楢葉の木戸川では昨年から遡上サケの線量検査を行っているという。地元紙の報道によると28年春にはサケの稚魚放流を再開する予定だとか。

孵化した時はわずが10数mm。4年間、太平洋を1万kmも移動した後、母川回帰するサケ。その生活史を利用して、冬に向けての食料として捕獲し、手を掛けておいしい食材をつくってきた日本の食文化。長い歴史の中で培われたサケの遡上とイクラの季節到来に心躍らせる気持ちまで、呑み込まざるを得ない状況は、あまりに苦しい。

●TEXT+PHOTO:井上良太