ガレキなんて、ない。
ここにあるのは非日常なんかでも、ない。
ここにあるのは、未来の現実だ。
はままつ東北交流館などが企画した「3年目の被災地 第3回福島視察ツアー」で福島県浪江町請戸(うけど)地区に行った。
この場所で改めて思ったのが冒頭の3行。
「ガレキと呼ばないで(打ち上げられた漁船・請戸)」の続編です。請戸地区で撮ったガレキの写真から、何を読み取れるか。ガレキから、そこにあった物語、この土地の記憶を想像してみましょう。
住宅がたち並んでいたという請戸地区。信号機があった交差点付近に積み上げられた被災物。リアスアーク美術館(気仙沼)の山内宏泰は「被災物」という呼び方を提唱している。
小型の焼却炉、特徴的なタコ漁の網、一輪車のフレームらしきもの…。いくつ特定できますか?
タバコ屋さんの看板のフレーム(かもしれないもの)の上に乗っかったプラグが差し込まれたような物、これは?
角度を変えて見てみると、自動車のバンパー。詳しい人ならきっと車種や年式まで特定できるはず。
冷蔵庫の野菜室のトレーと思われる。今はイネ科植物のプランター。
粉々になりながら辛うじてアイデンティティを維持している洗濯機の洗濯槽。
プレートコンパクターという土木機械です。地面などを転圧するのに使います。
ほとんど草に覆われて見つけ出すのも困難ですが、クルマもたくさんありました。
慰霊碑近くで見つけたキューピーさん。顔を見ることはできませんでした。
この船が廃棄を待つものでないことは、先の記事で紹介しています。
ビニールハウスのフレームと思われます。詳しい方、教えてください。
明らかに、基礎ごと持ち上げられて、移動しています。相当分厚いコンクリート構造物なのですが。
たぶん擁壁だったと思います。たくさんの鉄筋を使っているのに、まったく原形を留めていません。
オオマツヨイグサ、オオアレチノギク、セイタカアワダチソウ…。
請戸の市街地はたくさんの夏草に覆いつくされていました。
大型のトラクターさえ、姿を半分隠されてしまうほど。
この草が枯れた後、もっとたくさんの被災物が地上に現れることでしょう。
請戸地区は長く立入が制限されてきたせいで、震災直後の姿が今も残る場所。
そして、復旧や復興が進まず、これからたくさんの支援が必要とされている場所。
忘れられたくないと、土地そのものが叫んでいる場所。
機会があれば、はままつ東北交流館の「福島視察ツアー」にぜひご参加ください。
日本中のあらゆる場所と福島が繋がっていることが実感できるはずです。
●TEXT+PHOTO:井上良太(ライター)