「人吉駅10時8分発」の列車に必ず、必ず乗れ!死んでも乗れ!【青春18きっぷ道中記 九州縦断編vol.2】

しばらく続いたトンネルを抜けると、味わい深かった人吉の街並みから、のどかな見た目の山あいの景色へ。本やテレビでしか見たことはないが、昔ながらの農村風景といったところだろうか。ぽつぽつと民家が見え、その民家はどれも広々と大きな敷地にゆったり構えている。列車はそんな景色を臨みつつ、ゆっくり緩やかに勾配をのぼっていく。いつの間にか雨もやみ、ふたたび旅情が増してきた。

車内アナウンスが、この区間の見どころを教えてくれる。

間もなく到着する駅は大畑駅。大畑駅と書くが「おこば駅」と読む難読駅らしい。かつてのこの肥薩線は、肥後国と薩摩国を結ぶ唯一の路線だったそうで、多くの人で賑わったそうだ。当時のSL列車は、急勾配に対して大量の石炭と水を消費したとのことで、この大畑駅はその補給所として賑わったとある。

そんな説明だったが、今は人が乗り降りすることもほぼ皆無らしい。いさぶろう号に乗る観光客が、当時の雰囲気に思いを馳せて楽しむそうだ。

列車は5分ほど停車するとのこと。この間はレトロな駅舎や周辺の景色を楽しむ時間だというので、周りに合わせて色々と見て回る。

特に木造瓦屋根の駅舎は印象的だった。なんでも「駅舎内の壁面に名刺を貼り付けると出世する」なんて言い伝え(?)があるらしく、古いものから新しいものまで名刺が所狭しと貼り付けられていた。

名刺……、出世……、これぞ社会人キーワード!学生の僕にはピンと来ない。しかしそんな僕に、もう一人の自分がすかさずツッコミを入れる。

「いや、社会人間近の学生が“ピンと来ない”で良いのか??」

もちろん、もう一人の自分も言い返す。

「いやいや、いつかは嫌でも社会人になるんだから、今は学生らしく生きるんだ。今回はそういう一人旅じゃないか」

「いやいやいや、“学生らしく生きる”?それはただの現実逃避ではないかね?」

「いやいやいやいや、今しかできないことをしないときっと一生後悔するんだ」

「いやいやいやいやいや、そんな寄り道をしている間に周りと差が付いていくんだぜ?」

「いやいやいやいやいやいや……、」

い、いかん!エンドレスループの葛藤が!!

……一人旅は、自分を見つめる旅らしい。正直なところ、道中はすぐこういうプラス思考ともマイナス思考ともとれない思考が頭をもたげ、答えのない答えを探す僕がいた。ここまで余談だが。

(さて、気を取り直して)大畑駅を発車した列車。観光案内のアナウンスが「ここでにスイッチバックを行い、さらにループ線をのぼります」という。“スイッチバック”も“ループ線”も僕には馴染みのない言葉だが、これは急勾配に弱い列車が、なだらかに坂をのぼれるように線路を敷く手法らしい。

どちらも鉄道ファンの間ではアツい言葉らしく、いかにも高そうな一眼レフを構えた“鉄っちゃん”があらゆる角度から写真を撮りはじめた。中には大畑駅で下車して、動く列車を撮影しているツワモノも!次の列車は数時間後だし、この大畑駅自体、人里離れた陸の孤島みたいな場所だというのに……。

しかし、こんなフクザツな形をした線路、これは鉄っちゃんじゃなくてもちょっとワクワクしてしまう。子供のころ、“プラレール”で線路を作っていた記憶がよみがえる。



さらに線路は標高を上げ、矢岳駅(やたけ駅)へ。大畑駅よりもさらに「山の中」といった印象で、やはり木造の駅舎が味わい深い。かつて走っていたSLの展示館があり、やはり鉄ちゃんたちがシャッター音を立てていた。

何が良いのか、寝転がったり、木に足を引っかけたり、あらゆる角度から撮る鉄ちゃんたち。その熱意を見て「自分は今後将来、何に打ち込んで生きるのだろう……」とか考えてしまう。嗚呼、一人旅。

「右手に見えます山々は霧島連山です」

と、ふたたびアナウンスを聞いて我に返った僕。駅に着いたワケではないが、列車は一時停車し、その車窓からは雄大すぎる景色が広がった。「矢岳越え」と呼ばれる日本三大車窓の一つらしい。山を越え、すっかり晴れた景色は、遠くまで見通すことができ、「奥に見えているのは桜島だ」と教えてくれた。

こんな景色を見ると、頭の中で繰り返される自問自答にも「ばかばかしいな!」と開き直れる。「桜島まで見通せるなんて、これからの見通しが明るい証拠じゃないか」と強引に前向きになろうとする。僕は必死だった(笑)

しばらくして、真幸駅に到着。こちらも読めそうで読めない字だが、「まさき駅」というそうだ。

同様に長めの停車時間。駅舎には優しそうな顔をした年配女性が数人。そこで特産品が販売されており、東国原知事(当時)の看板が出迎えてくれた。そう、先ほどまで熊本県人吉市内を走っていたが、ここ真幸駅は宮崎県えびの市。そして次の終着・吉松駅は鹿児島県姶良郡湧水町と、ここで一気に県境を通過するのだ。

サービスの冷たいお茶をいただくと、飲みなれている素っ気ない麦茶とは違う、華やかな香りが広がった。売店は何というか、田舎のおばあちゃん家の庭先みたいな風情で、赤い屋根と山地の背景がどこか懐かしい気持ちにさせられる。下町育ちの僕にとって、決して馴染みある風景ではないのだけど、それでも、どこか落ち着く。

駅舎の近くからゴーンと音がしたので見てみると、ホームの中に鐘が設置されており、さっきの鉄っちゃん連中が鳴らしていた。「幸せの鐘」という名前だそうだ。

真幸駅は、その名前から「真の幸せに入る」という意味を持つ、縁起が良いとされる駅らしい。「なんてステキな名前なんだ!」と、引き続き強引に前向きを演じていた僕は、鐘を3回ほど突き鳴らした。雨の降っていた人吉と違い、気温的にも暖かい。徐々に南国に近づいている証拠なのだろうか、どことなく初夏を思わせる風景に気分が良くなった。

そんなこんなで、真幸駅を出て、ようやく吉松駅へ。観光列車の旅も終了だ。

「さて、先ほどの真幸駅ですが―――、」

と、観光アナウンス。

「縁起がいいとされている一方で、何度か災難に見舞われており、昭和20年には機関車が復員軍人53名を轢死させた事故が云々……。また、昭和47年7月には大雨の影響で起こった土石流が真幸駅を襲い云々……」

……そ、そんな!!

と、最後にそんなエピソードを伝えられ、終着・吉松駅に着いた。

1日5本しか走らない肥薩線の人吉~吉松区間。走った道は山あり谷あり。駅にまつわるエピソードも山あり谷あり……。

そうか。

良いことも悪いこともある。きっとこれが人生なんですね。

将来に悩む大学生の僕は一人で納得し、とりあえず前を向いた。



(つづく)

旅の記事、いろいろあります。

「これさえあれば、1日中JRの普通列車が乗り放題」という、青春18きっぷ。この夢のようなきっぷが導くスローな旅には、「ちょっとしたドラマ」が詰まっています。