青春18きっぷを手にすると、どれだけ電車に乗っていても平気になってしまう。
--------------------------------------------------------------------------------------- ■青春18きっぷ
・JR北海道からJR九州まで、すべてのJRの普通列車が乗り放題になる。
(特急列車は不可)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・使用期間は大まかに春、夏、冬。学生の休暇時期と重なるように設定される。
・5枚つづり11,500円で販売されるため、1日あたり2,300円で乗り放題。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
---------------------------------------------------------------------------------------
港町・磯部町的矢
渡鹿野島で行われる天王祭は18時30分から。
朝8時に静岡・三島駅を出発。青春18きっぷをフル活用し、静岡・三島からこの三重・志摩まで、2,300円の電車賃と1,000円のバス代でここまでやってきた。距離を考えれば、本当に安い。そして、目的地・渡鹿野島への長旅もあと少し。青春18きっぷバンザイ!
16時30分ごろ、志摩スペイン村を出発したバスは、15分ほどで伊勢志摩ロイヤルホテルに到着した。ここから1kmほど坂道を下れば、渡鹿野島行きの船が発着する「磯部町的矢」の渡船場にたどり着くはずだ。
人けもなく車も見かけない坂道を行く。少し古めの字で「かき料理」「志摩・的矢別荘地」と書いた看板が立ち並んでいて、道路わきからはひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。そんな風景が少し寂しく感じた。ただ、その寂しさが「これからあの渡鹿野島に行くんだ」という気分を盛り上げてくれる。この先にあるのは知る人ぞ知る魅惑の島である。港町の風景があまりに派手だとむしろ似合わない。
車道をしばらく進むと大きな地図看板を発見した。駐車場の案内が目立っている。僕は6時間以上列車に乗り、さらにバスも数本乗り継いでここまで来たが、普通、ここまで来るには車を使うのだろう。この「磯部町的矢」からは、最寄駅さえもかなり遠い。
とぼとぼ歩いていると、広々としたバスの駐車場らしき場所に着いた。木の看板が立っていて、かすれた文字で「渡鹿野島ゆき 船のりば」と書いてある。
「……着いたぁー」
周辺に誰もいないためか、自然と独り言が漏れた。渡鹿野島行きの船は3種類あり、有料の民営定期船と、無料の定期船「県道船」とがある。「磯部町的矢」から出ているのは無料の定期船である「県道船」。すぐ近くに、交通案内の看板があり、渡鹿野島行きの船の時刻が書いてあった。間もなく17:45の船が来る。
ふとどこからか、パーン!と花火のような音が鳴った。スペイン村だろうか、それともこれから天王祭が行われる渡鹿野島だろうか。しかし、その音は一発鳴っただけで、ふたたび静かになる。日が傾き、薄暗くなってきた。海の方向を眺めると、牡蠣の養殖らしき仕掛けが張り巡らせてある。この港町のいつもの風景なのだろう。海から魚が跳ねた。
「渡鹿野島ゆき 船のりば」という看板はある。だけど船が来ない!
嫌な予感がし始めたのは17時50分ごろ。時刻表を見る限り、45分には船に乗っていないといけないのだが、船が来ないのだ!!
たしかに、時刻表には17時45分と書いてある。しかし、さっきから本当に人がいない。乗客はもちろんだが、住民らしき人さえも見かけない。本当に渡船場はこの場所で正しいのだろうか?……と思うのだが、目の前には「渡鹿野島ゆき 船のりば」と書いてある。注意書きのようなものも見当たらない。
一応時刻表には、次に出発する船(最終便)が、18時15分発と書いてある。だが、17時45分の船が来ていないのに、18時15分の船がきちんと来る保証なんてないはずだ。
なんだか急に不安になってきた僕は、志摩市観光協会に問い合わせてみる。何せ、出発前に観光協会から教えてもらったとおりにここまで来たのだ。そしたら船が来ない。もうワケがわからない!……ところが、土曜日でしかも時刻は18時前。「観光協会の受付時間外だ」と、音声ガイダンスに言われてしまった。
焦る気持ちを抑えて市役所にかけてみる。
「渡鹿野島に行きたいんですけど。今は磯部町の的矢という港です」
「んー、私ほら、警備の者でして、そういうのはよくわからんのよ」
そ、そんなぁ。
「周りの住人に聞いてごらんよ。いるでしょ?」
「いないです……」
「じゃあ、どうしようもないねぇ。ちょっと待って」
電話口から保留音が流れ出した。
―――でも……、でも僕、今日朝8時に静岡の自宅を出てここまで来たんですよ!?貴重な休日使って、お金もギリギリでやりくりしてるのに!!!
……と、ノドまで出かけた台詞を飲み込む。この警備のオジさんにそんなことを言っても仕方がないのだ。とは言え、船が来るか来ないかを知りたいだけなのに、観光協会に聞いてもわからない、市役所に聞いてもわからない、なんて……。目の前に見えている渡鹿野島がとても遠い。
僕のことを気の毒に思ってくれたのか、警備のオジさんは色々調べてくれているようだ。なんだか申し訳ない。しかし僕だって、半日がかりの移動の末にここまで来たのだ。なんとしてでも渡鹿野島へ渡りたい。
3分ほど流れ続ける保留音。18時30分開始の天王祭まで残り30分を切っている。それに、保留音が続くたび、1分あたり40円ずつ加算されているであろう電話代も気になる。
「もしもし?ごめんねぇ。ちょっと私どもじゃわからないから、今から言う番号の、渡鹿野島の組合のところにかけてもらっていいかな?えーっと、×××の××××……」
「ありがとうございます!お手数をおかけしました」
オジさんにお礼を告げて電話を切った僕は、早速その番号に掛けてみた。
「―――お掛けになった電話番号は、現在使われておりません……」
「…………!!」
もうやだ。
近くて遠い、目の前の渡鹿野島
嫌な予感のとおり、18時15分を過ぎても船は来なかった。
問い合わせるたび「私どもはわかりません」と言われ、別の電話番号を案内されるというたらいまわしの結果、最終的に繋がったのは渡鹿野島の天王祭の事務局。
「あぁ、的矢の渡船場はそこじゃないのよ」
と、言われてしまった。さらに10分くらい歩いた先にも渡船場があり、そこから船が発着していたらしい。僕がひたすら船を待ち続けていた場所は、この1~2年の間で、いつの間にか使われなくなったそうだ。
船が発着しなくなった渡船場。「渡鹿野島ゆき 船のりば」と書いた看板も、時刻表の看板もそのままの状態で放置されている。僕にとっては紛らわしいが、僕みたいに困る人もほとんどいないのだろう。
さて、困った。
乗れる気マンマンでいた船に乗ることも出来ず、薄暗くなってきた港町で立ち往生である。諦めきれないまま、海岸沿いを歩いてみた。ようやく、ここの住民らしき人たちに出会う。
まずは、犬の散歩中のおじいさん。
「渡鹿野に行くの?的矢からはもう船が出ていないよ。この車道をぐるっと回った先にもうひとつ港があるけど、そこなら船に乗れるよ」(※「阿児町国府」の渡船場)
「本当ですか!」
「そんな遠くないよ!車で30分くらいかな」
「いや、徒歩なんです……」
続いて、漁船を港に戻し、何やら作業をしているオジさん。
「あちゃーそれは災難だね。ウチも一応釣り船だから船は出せるけど」
「本当ですか!?」
「うん。でもウチは高いよ」
「……おいくらですか?」
「6,000円」
「…………。」
静岡・三島駅から、青春18きっぷを使って三重・伊勢市駅まで。そこからバスを乗り継ぎ、最後は徒歩でここまできた僕。この安さを極めた貧乏旅行に満足していた僕だが、ここで安い移動にこだわり続けた弊害が出てきた。
そう、お金で解決できるアクシデントに弱いのだ!
特に、青春18きっぷを活かして行くような地方では、公共交通は列車もバスも本数が少なく、融通が利かない。ひとつでもミスやトラブルが起これば、予め立てていた予定なんてあっさり乱れる。その結果、どこかで無理が生じてしまう。まさに今回の僕がそうである。
渡鹿野島には行けない。最寄の駅まで戻ろうにも、バスもタクシーもない。その結果、見知らぬ港町で立ち往生である。
予めお金を用意していれば、6,000円払って船に乗ることも出来ただろう。電話でタクシーを呼びつけて、遠く離れた駅まで送ってもらうことも出来ただろう。景色はいよいよ暗くなった。
近くて遠い、渡鹿野島。
知る人ぞ知る魅惑の島。
僕はスマホの地図アプリを頼りに、10km近く離れた最寄駅・近鉄鵜方駅まで歩くことにした。
渡鹿野島の方向からドーンと音が鳴り、綺麗な花火が光った。
(つづく)
うわあああああああああん!このまま帰るわけにはいかないよー!!