2008年9月18日。
僕は1年ぶりにジョンビーチ、ジニービーチを目指すことにした。
「父島の海で、もっとも美しい」と言われるジョンビーチ、ジニービーチ。小笠原ファンの間では「ジョンジニ」と呼ばれて親しまれている。
僕は『ジョンビーチから崖を越えて行くジニービーチ』が大好きだった。
片道2時間弱。
アップダウンの激しいトレッキングコース。
車道の終点、コペペ海岸からスタートだ。
海岸からスタートとは言え、進むコースはまさにジャングル。
去年に見たものと、そう変わらない光景。
ジョンビーチ、ジニービーチ
「父島の海で、もっとも美しい」と言われるジョンビーチ、ジニービーチ。車道の終点、「コペペ海岸(野羊山、飯盛山の右隣)」から片道2時間かけて歩く!
2008年9月30日まで。
今回小笠原を訪れたのは2度目。僕は宿に住み込んで働き、長期滞在となっていたのだが、島はのんびりしているように見えて、実はちょっと慌ただしかった。
TVの取材班がよく島にやってくるようになり、全国ニュースにおいても「小笠原諸島が~」と聞くことが多くなってきたのだ。それは、僕のような期間4か月程度の長期滞在者でも、目に見えて実感していた。
「島民の悲願」と“されている” 世界自然遺産登録 に向け、島は着々と動き始めていたのである。
そんな中、以前よりウワサされていた【森林生態系保護地域の利用ルール】も、翌月の2008年10月1日より適用されることになったのだ。
このルールは、林野庁が世界自然遺産登録に向けて定めた
「小笠原の自然保護を目的に、保護地域において 人間の 立ち入りを規制する」
というもの。規制対象は、父島において親しまれてきたトレッキングコース・24コースのうち16コース。今までは自由に歩くことができたコースも、ほとんどが立ち入りに許可必須(実質的に立ち入り禁止)となり、一部のコースもガイド付きによる立ち入りが義務付けられた。
実に、今まで親しまれてきたルートの3分の2が、これを機会に封印されてしまうことになったのだ。
もちろん、自然を守るためにはやむを得ないという考え方もある。特に、小笠原における一部の観光客のマナーの悪さに苦言を呈する人も多い。しかし、小笠原の自然に悪影響を与えているのは、人間よりも、野生化したノヤギやグリーンアノール(トカゲ)によるところが大きい。
ところが、動物たちを規制するための案やビジョンは、聞く人によっては納得のいく内容では無かったように思う。それだけに、人間だけを規制したこのルールは、「世界自然遺産登録に向けてポーズを取っただけ」のように見えたのだ。僕もその一人である。
そんな経緯があったため、「人間だけを規制したこのルールはザル法だ」「ほかにやり方があるだろう」という批判も多く巻き起こった。島内でも賛否が分かれたのだが、最終的には、島民の合意を得ることなく、半ば強引にルールの適用が推し進められてしまったという印象だ。(あくまでも個人的な印象です)
そして規制された16コースには、
『ジョンビーチから崖を越えて行くジニービーチ』
も、含まれていた。つまり、翌月のルール適用後、歩いて行くことができるのはジョンビーチまで。崖の向こうにあるジニービーチへは、2度と歩いて行けなくなることを意味していた。
崖の上から眺めるこの景色は、これで最後
9月半ば。
常夏と呼ばれる小笠原では、まだまだ夏まっさかりだ。
汗はびっしょりだが、坂道を登った先の景色は相変わらず気持ちが良い。
そして相変わらず、歩いてジョンビーチ、ジニービーチを目指す人は少ない。
実際、歩かなくとも、船で上陸できるのだ。
それでも、歩いて行くことに意味がある気がした。僕の前に行く人の足跡を見つけ、なんだかホッとする。
片道2時間の道のり。
ズンズン歩く道中、数頭のノヤギを見かけた。
生態系破壊の主犯格だが、元々は人為的に島外から持ち込まれた存在。現在は駆除対象とされ、対策が練られている。何も知らない顔をしている彼らも、被害者なのかも知れない。
このコースでは、いちいち後ろを振り返るのが気持ちいい。海と稜線がくっきりと見える景色は島ならではだ。
その一方で、植物がノヤギに食い荒らされたハゲ山も気になってしまう。人間も動物も、生き物の行動すべてがこの島を左右する。
「“島は生きている”とはよく言ったものだ」
……なんて考える。
ジョンビーチに到着。
ここから崖を隔てたジニービーチへ行く。
翌月には通れなくなる道。なんだか不思議な気分になった。人の立ち入りが規制されることにが理由があるのだろう。そう思うと、気持ちが引き締まってくる。
崖から空を見上げてみる。
崖と言っても、ジョンビーチ側は砂っぽい崖、ジニービーチ側はゴツゴツした岩っぽい崖と、雰囲気が異なるのが面白い。そんな崖にイガイガした枯れ木が映えている。ふと海に目をやれば、どこまでも「青」が続く。きっと、この場所でしか見られない光景だ。
ストラップで首に掛けているとはいえ、写真を撮るのはけっこう難しい。
崖を越えるとジニービーチ。
この景色はいつの時代から続いていたのだろうか。どれほどの人たちが、この角度からこの景色を眺めたのだろうか。
こうして写真を撮られることも、翌月以降は2度とないのだろうか。
ゆっくりゆっくり崖を下ると、先客がいた。
さっきの足あとの人だろうか。
恐らく僕と同じで、もう見納めといったところだろう。
ジニービーチに到着した。
浜辺から見る景色だって充分素晴らしいのだが、少し高い位置の崖や岩から眺める景色は格別。海を彩る何種類もの「青」は、上から見下ろすことでよく楽しめるのだ。
僕が小笠原に長期滞在した理由のひとつは、これほどの景色が身近な存在になるということ。だから、小笠原には本当に良い思いをさせてもらった。
島で暮らす人々にとってもそれは同じことだろう。しかし、今回のルール適用により、自分たちの暮らす島なのに、島のほとんどの場所へ行けなくなってしまった。
僕は規制自体は仕方がないと思っている。残念ではあったが、反対という立場では無かった。しかし、だからこそ、「人間を立ち入り規制さえすれば世界遺産だ!」という考えは短絡的だと感じた。それでは、自分の暮らす島すら自由に立ち入れなくなった島の人々が報われないのだ。
僕は夕方ぎりぎりまでジニービーチを目に焼き付けることにした。
---------------------------------------------------------------------------------------世界遺産登録をめぐり、賛否は分かれた。はっきり言ってしまえば、エゴとエゴのぶつかりあいにすぎないだろう。しかし、時間は過ぎ、【森林生態系保護地域の利用ルール】も適用され、2011年6月24日、小笠原は “晴れて” 世界自然遺産登録となった。
以後、たびたび報じられる生態系破壊や観光客マナーのニュースを見ると、何とも言えない気持ちになる。
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