東日本大震災・復興支援リポート「被災地で聞いたゆうれいの話」

 復興屋台村気仙沼横丁の大漁丸さんでのこと。

「ところで今日はどこに泊まるの?」 と尋ねられてホテルの名前を答えたところ、
「あら、よかったわね。××ホテルは出るのよね」

出るって何がと尋ねると、 「ゆ・う・れ・い。有名なのよ。見たって人はみんな同じ場所、同じ時間っていうから、本当に出るみたい」

やはり気仙沼の理容店、鹿折軒(ししおりけん)さんでも、

「スーパーのところに出るのよね。夜の11時に位牌をもった二人が立っているんだって。取材に行ってみたら?」

オカルトとか怖い話とかといった感じではなくて、ごく普通に、たとえば秋なのに公園の桜が咲いたとか、定置網でマンボウがたくさん獲れたとか、そんな出来事のように語られていたのが印象的だった。こちらもそんなに不思議なこととは感じなかった。

たしかに被災地ではたくさんの人が亡くなっている。ゆうれいでもいいから大切な人に会いたいと思う人も少なくないだろう。それは被災地でなくても同じかもしれない。むかし自分の父親も「死んだあと、ゆうれいになって会いにいくからな」と話していたことがある。おやじが亡くなったいま、ゆうれいでもいいから会いたいと自分も思っている。

多くの人が命を失った場所だから、きっとそんな思いもたくさんあるだろう。死者・行方不明者合わせて1万8579人。震災関連死を合わせると2万881人(2013年1月17日のNHKニュース)。被災地では、ゆうれいと人間の距離が近いのかもしれない。

ゆうれいよりも遠い存在

ゆうれいの話ではないが、被災地でよく聞くのが国や行政への不満の話。

「自分の土地に仮設店舗を出そうと思って役場に行っても、たらい回しされただけで話がまったく進まない。文句言われてもいいやと、許可が出る前に建てて土木課に届けたら、『もしも何かあった時には自己責任』という書類を提出させられた」

「津波でやられた町に帰ってくるように言ってるくせに、役場の職員の半分以上はほかの町に住んでるんだぜ。信じられないだろう」 「住民で話し合った街づくりプランを市役所に持っていったら、『お話はよく分かりました。でも市でつくったプランは変更なしで進めます』という対応だった」

土地利用や復興に向けての町づくりでの不満は大きい。行政だけではなく、大学の先生やコンサルタントへの疑念もよく耳にする。

「震災後、町づくりの専門家と称する大学教授やコンサルタントが町に大挙してやってきた。高台移転の住宅地と元々の市街地の間にエレベーターを設置するという信じられないプランを持ってきた人もいた。地震で停電になったらどうるすつもりなのか。功名心で動いているようにしか思えない。『どこそこの復興プランに関わりました』ということがステイタスになるのだろう。自分のプランを押し通すために行政にクレームをつける方法を住民に伝授して、話し合いが進まなくなったという困った話も聞く」

「別の地域で『うまくいった』とされる市街地再生プランをそのまま当てはめて、『ほかには選択肢はありません』という進め方。専門的な知識がない住民は言いなりになるしかない状態。私たちももっと勉強しなければ」

震災後の町の再生を進める行政やコンサルタントが、遠い世界の人々のように思えてくる。ゆうれいより遠い存在であるのは間違いないようだ。

「津波被害で公共の復興住宅を建てる場所がないって言うだろう。でも、あるんだよ。海から遠くない高台で、十分な広さの場所が。それなのに、もっとずっと山奥の不便なところを切り開いて宅地造成するプランが進められている。なんのことはない、そこは町の有力者が持っている山なんだ。ずっと手入れもしなくて価値がなくなった山を宅地として町に買い取らせる。ひでえ話だ」

「クリスマスプレゼントとか餅つきのもち米とか、いまでも支援を続けてくれている人がたくさんいる。報告の意味でブログなんかを書いてると『宣伝ばかりして』とか『あいつの仮設ばかり支援されて不公平だ』と陰口を言われる。そんな人たちに限って、自分のところに送られてきた支援物資を抱え込んで、たとえ余ってもほかの仮設団地に回すことがなかったりするんだよ。とんでもない話だろう。支援してくれる人の中には、わざわざ東北のためにと田んぼを起こしてもち米をつくってくれるところもある。お礼に土地の名産品を送ったり、活動報告したり、余った物資を見なし仮設の入居者に配ったり、まともなことをしていて文句ばかり言われると気持ちがめげてしまう」

ゆうれいとは異次元の亡者。生きている亡者の方がゆうれいよりもずっと恐ろしい。

こんな話がニュースになることはないだろう。でも被災した多くの人が胸にしまっていることだ。胸に秘めたそんな話を聞くだけでも、東北に行く意義があると思う。

つらい話がある一点で、くるりと転換して、未来を目指す言葉になることだってある。最後に紹介する言葉は、石巻のレジリエンスバーで聞いた話。

たとえ棄てられたって、俺たちは自分で立ち上がる

「震災の後いろいろなことを経験して、いまでは国を信じられないんだよね。ぜんぜん被災地のこと見てないじゃない。けっきょく政治家たちの利益につながることばかり。俺たちは棄民だよ。でも嘆いていても仕方がない。自分で立ち上がるしかないんだ。先に立ち上がることができた人が、続く人を少しでもサポートしていく。それが被災地で生きていくってことじゃないかな」

バーの名前、「レジリエンス」とは、しなやかに変化していく力を意味している。たとえ亡者たちに翻弄されることがあったとしても、東北人は負けない。しなやかに力強く明日に向かって行く。ゆうれいになってしまった大切な人たちに報いるためにも。

石巻、レジリエンスバーに掲げられた千葉蒼玄さんの書「変化する力」

文●井上良太