代々”仁右衛門”を襲名する、島に唯一の家族。「でもなんてことはない、普通の島人」だった。【旅レポ】

代々”仁右衛門”を襲名する、島に唯一の家族

千葉県、房総半島・太海の浜から200mほどの距離にある仁右衛門島。平野仁右衛門家の一世帯のみが代々暮らしている。人の名前がそのまま島の名前にもなった珍しい島である。代々島主が”平野仁右衛門”を名乗るという、独特な伝統を持つ。 

「どうぞ、いらっしゃいませ。奥庭もご覧くださいね。樹齢600年になるソテツの木がありますよ。」

島唯一の住宅にして唯一の住人、平野仁右衛門家。その第38代平野仁右衛門の奥さん・平野昌子さんは、ひっきりなしに我が家を覗き見る観光客たちを相手に、ていねいに接していた。普通、道行く人に家でも覗かれようものなら不審者扱いも必至だが、自分の家そのものが由緒ある観光スポットともなれば、話は別である。

「いいものですよ、こうやってお話してると。脳が活性化されてボケ防止になるの。くだらない話しかできないけどね。」

そののんびりした雰囲気が私にも合っていたのだろうか。気が付くと木陰で昌子さんとの会話を楽しんでいた。

島主の家の向かい。仁右衛門さんの奥さん・昌子さんが案内をしてくれる。

「いきなり仁右衛門って名前を付けられると嫌でしょうねぇ(笑)」

かつて、石橋山の戦いに敗れ、逃げていた源頼朝をかくまったことで知られる初代平野仁右衛門。一度は敗れた頼朝だが、そこで体勢を整え、名声をあげるに至ったものだから、初代仁右衛門の功績は非常に大きく、頼朝本人からも厚く称えられた。以来、褒美として”その島”と”周辺海域の漁業権”を得た平野家は由緒ある家庭となり、第38代目となる今も、「仁右衛門」という名を襲名し続けているそうだ。

「もともとこの島は、蓬島(よもぎしま)だとか、波太島(なぶと)島って呼ばれていたそうなの。でも頼朝の時代からすっかりここは仁右衛門島。私たち身内からすると、島とは言え自分の名前を呼ぶのも変だから、今も蓬島って呼んでるんですけどね。」

もちろん、生まれた時から「仁右衛門」という名前ではない。まずは幼名が名付けられ、その時が訪れると「仁右衛門」を襲名するようになっているらしい。

「今年で90歳になる今の仁右衛門ですら、最初は仁右衛門の名前が嫌だったそうよ。最近の子なんかでも、いきなり仁右衛門って名前を付けられると嫌でしょうねぇ(笑)」

笑う昌子さん。そんな昌子さんを見てすとんと拍子が抜けた。カタ苦しいしきたりだとばかり思っていたが、なんとも良い塩梅でそのしきたりと付き合っているのだ。

300年以上続く立派な家。島の観光名所にもなり、多くの人が見学する。

特別な島、ありふれた生活

覚えている限り、最寄りの太海駅から徒歩と船を利用し、仁右衛門島までおよそ20分。しかし、その間スーパーやコンビニなど一切なく、不便そうにも感じた。

「たまに遠出はしますけど、今は生協さんがあって便利なのよ。注文したらなんでも届けてくれますから。」

思わず、へぇーだ。歴史的にも由緒があり、伝統的に「仁右衛門」を襲名するような特殊すぎる家庭だ。下手をすると、なんでも言うことを聞く家来でもいるのかとすら想像したが、驚くほど庶民的だった。

「船を渡ってすぐの○○のおうちがあったでしょ?あそこの奥さんと仲が良くて・・・」

「次の仁右衛門は次男なのよ。長男は最初から『俺はやらないよ』って言って●●に勤めちゃってね。今は関西の××に住んでるのかな。」

他愛のない話だが、あまりに有り触れた生活をされているもんだから、かえって面白い。最初は話を聞く一方だったものの、気が付けば「いや実は私もですね・・・」なんて自分からも話題を振るようになり、さながら主婦同士の井戸端会議のようになってしまった。

島と本土の行き来は手漕ぎの船で。

蓬島戦争

そんな昌子さんは房総半島の生まれ。地元ではあるものの、やはり最初は仁右衛門島の存在など知らなかったご様子。それが縁あって、およそ60年。長い間、この島で過ごしていることになる。ご家族のお話をたくさん伺ったが、どれもが有り触れた、それでいてほのぼのと楽しめる、まるでご近所さんのようなお話だった。

「こう見えて私はガサツなんですけど、主人の仁右衛門は本当にキッチリした人ですから。よく注意されたんですよ。お前はなってないって。」

そう言う昌子さんからも非常に落ち着いた印象を受けたが、現・仁右衛門さんは輪をかけて落ち着いた人だと言う。

「昔はよく言い争ったこともありましてね。この平和な時代に蓬島(仁右衛門島)だけ戦争だって。でも相手は冷静な人だから敵わなくて・・・」

そう言うと昌子さんはまたフフッと笑う。

夏はバーベキュー客でにぎわうものの、雰囲気はいつまでものどかな仁右衛門島

トンビが飛び交う島の雰囲気、他愛のない会話、戦争だと言うその話さえ、なんとも平和に感じた。平野仁右衛門家が38代にわたって続いているのも、なんだか腑に落ちてしまう。そして、このなんとも言えないユルさ、沖縄で言うところの”ゆんたく”のような気軽な長話、かすかな潮騒・・・すべてが程よい塩梅、「良い加減」なのだ。今まで筆者は40数島、北は北海道から南は沖縄までいくつかの島を訪れたが、この仁右衛門島もまた、それらの島々と同じ空気をまとっている。

港から200mの距離を手漕ぎの船で渡るような、本土から非常に近い島。平野仁右衛門さん一家、一世帯しか住んでいない小さな島。しかし、そこは紛れもない島で、そこで暮らす一家も島人に他ならなかった。

仁右衛門島

もっと島々の雰囲気を感じたい方はこちらから