渡船場の目の前に軽食もできるカフェがあった。
訪れた仁右衛門島で小腹がすいた。思えば早朝に朝食を摂ったものの、以来何も口にせず、時刻は15時00分を回っていた。本当は仁右衛門島にある唯一の食堂で食事をとるつもりだった。しかし肝心の食堂は、東日本大震災時の観光自粛ムードのあおりを受け、「つい最近やめてしまったんだよ。」と告げられたのだ。
さすがにこればっかりは仕方ない。島のバーベキュー場では、若い集団や家族連れがジュージュー音を立てて香ばしいニオイを振りまいている。この際なんでもおいしそうに見えるのだが、水着姿で飲み食いしている集団に、まさか私服の男が参加できまい。
そんなだったので、島を出た時には食べる場所を決めていた。仁右衛門島の渡船場のすぐ近くに、軽食のできるカフェがあった。あそこにしよう―――。
仁右衛門島を眺めるカフェ
「お兄さんはもう食べたの?」
なんとも親しみやすいおばちゃんが現れた。
いえ、ご飯はまだこれから。
「そうねぇ、じゃあこの網元ラーメン食べなさい。この辺の漁師がよく食べてるの。美味しいよ。飲み物は何にする?コーヒーがおすすめ。デザートもあるよ。」
なんだかグイグイ来るおばちゃん。しかし、僕だってせっかく房総まで訪れたからにはご当地モノが食べたい。網元っていうとこの辺で漁業をやってる人のことだろうか。ってことは、このあたりの魚介類でも入っているのかな。うん。よし、これに決めた!
出てきたのは、わりと普通の、しょうゆラーメン(?)。透き通る薄色のスープ、沈む麺の上には揺れるわかめ、分厚めのチャーシュー、細く鮮やかに散らされた白髪ねぎ。以上。いや、待てよ。もしかしたらこのあたりの魚介がベースのダシかも知れない。すみませーん。
「いやぁ、普通のしょうゆ味よ。なんでこれがこの辺で食べられるようになったか、よくわからないけど昔からの名物。あ、デザート食べる?」
おばちゃんは笑いながら言う。そういうもんなのか。ずずっ。あ、でも普通にうまい!デザートはどうしようかな。
「お兄さんが幸せになりたいなら、カフェゼリー。」
「はい、レモン水。」
おばちゃんがお冷やの減り具合を見てお水を注いでくれた。
「デザートは食べない?」
あ、じゃあ食べます。勢いに負けた。
「じゃあオススメはね、この辺で採れる天草を使った寒天のあんみつとか。」
あ、それいいねぇ。やっぱり旅先ではこういうご当地ものを食べ・・・
「それとお兄さんが幸せになりたいなら、カフェゼリー。」
!!?
なんだそりゃ。それを食べると幸せになるんですか。
「幸せになれるわよ。」
どういうことですか。
でも、コーヒーはちょっと良いヤツ使ってるの。
出てきたのは、わりと普通の、コーヒーゼリーの上に、ソフトクリーム。透き通るグラス、プルプルと震えるコーヒーゼリー、その上にソフトクリーム。以上。いや、待てよ。もしかしたらこのあたりの天草を使ったコーヒー寒天かも知れない。すみませーん。
「いやぁ、これは普通にゼラチンで固めたものよ。でも、コーヒーはちょっと良いヤツ使ってるの。ふふふ。」
幸せになれるんですか。
「幸せになれるわよ。」
おばちゃんは笑いながら言う。そういうもんなのか。ぱくっ。あ、でも疲れた身体に冷たくて甘いもの。これも普通にうまい。
「幸せになりたいでしょ?」
なりたいですッ!
そう返事してカフェゼリーを口いっぱいにほおばった。少しリキュールを感じる、風味の良いゼリー。これは確かに ”ちょっと良いコーヒー” だ(たぶん)。
しかしこのお店、何よりも一番味わい深かったのは、このおばちゃんとのトークだ。関西人の僕も顔負けの、コテコテな親しみやすさがある。「なぜ幸せになれるのか」、これについてはなぜか最後まで教えてもらえなかったが、もはやそんなことはどうでも良かった。仁右衛門島の見える窓の向こう、歩き疲れた後、空調の効いたカフェ、全部が居心地良く感じた。仁右衛門島観光の休憩に、ぜひ訪れてほしい。
あとは、僕がこれから幸せになれるのか、これは定かではない。
カフェ ビーンズ
住所:千葉県鴨川市太海浜150-2、電話番号:04-7093-4915、営業時間:9:00~17:00、休み:木、金曜日
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