7月の参院選挙前に封切し話題をさらった映画「新聞記者」はロングランヒット中。動員40万人、興収5億円弱(8月8日時点)という破竹の勢い。原案の新聞記者 望月衣塑子さんは、官房長官会見で鋭く斬り込む質問が注目されています。民主主義を担うジャーナリストとして、二児を育てる母として、大切にしたいことをお聞かせいただきました。
望月 衣塑子(もちづき いそこ)
東京新聞 社会部記者。1975年東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学卒業後、東京・中日新聞入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。2004年、日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事実をスクープし、自民党と医療業界の利権構造を暴く。東京地裁・高裁での裁判を担当し、その後経済部記者、社会部遊軍記者として、防衛省の武器輸出、軍学共同などをテーマに取材。17年4月以降は、森友学園・加計学園問題の取材チームの一員となり、取材をしながら官房長官会見で質問をし続けている。著書に「新聞記者」「武器輸出と日本企業」、共著に「同調圧力」(すべて角川新書)、「権力と新聞の大問題」(集英社新書)など。二児の母。
映画化するまでの挑戦スピリッツ。
――6月28日に映画「新聞記者」封切されて1週間後くらいに横浜で映画鑑賞しました。超満員で熱気がすごかったです。原案となった望月さんですが、映画の反響はいかがでしたか?
全国150館で上映されて40万人以上動員と聞いて、広がりを感じています。私となると菅さん(菅義偉官房長官)と日々、質疑をしているので政治色が濃いと敬遠される所もあると思うのですが、映画では松坂桃李さんやシム・ウンギョンさんという透明感のある役者さんが演じながら「内調」という組織の闇を描いているのでフィクションであるという中で観ている人が感情移入しやすい。これまで政治について口を閉ざしてきた俳優やお笑いタレントをはじめ、政権に近いと思っていた大手IT企業社長なども、映画はよかったと評価していました。ノンフィクションではない分、どの程度受け入れられるものか?と思いましたが、それがゆえに普遍的に政治に関心のない人も含め、気持ちが入っていきやすく、共感を生んだのかもしれません。
――フィクションとはいえ、おやこれは…あの?というネタが散りばめられていておもしろかったです。こんなに話題なので、もっとメディアで取り上げてくれてもいいのに!と思いましたが…。
映画公開前の盛り上げが重要らしく、予告を流したり、私と前川喜平さん(文部科学省の元トップ)で東京、大阪、沖縄などで講演に出向いてアピールしたりしました。政治部もなく、官邸がメディアをそれほどチェックできていないせいか、大阪以西のエリアでは地上波でも映画を取り上げてくれました。広告は高いので、あえてそこに費用は掛けなかったようでしたが、大阪や沖縄などでは、ニュースとしてたくさん取り上げてもらいました。沖縄は特に今の安倍政権への怒り、マグマを感じました。東京でのマスコミ向けの試写会は毎回満員でした。ただ、参院選挙近くの公開にはハードルもありました。関東キー局の民放に売り込んでも「選挙妨害といわれかねない」と、官邸サイドからのクレームを恐れていた所もありました。あえて参院選前の時期に公開となりましたが、あと1,2週間早くてもよかったですね。
――映画の原案は望月さんですが、作品として成立するまで試行錯誤があったのでは?
プロデューサーの河村光庸さんが2年前から企画していろいろな戦略を立て動いてくださったのが大きいです。とにかくセンスが素晴らしく、エリマキトカゲやらエアロビやらを日本で流行らせたアイデアマン。現在、69歳ですが話していて「これやらない?」「これどう?」とポンポンとアイデアや企画が出てくる。メディアが委縮し、忖度が進む中で、芸能の世界でもそういう空気が広がっている状況を変えたいという、強い問題意識がありました。制作会社2社が断ったというのは後で知りました。若手の藤井直人監督も一度はオファーを断わったそうです。でも「あなたは今、政治に関心がないと言うけれど、あなたを取り巻くことすべての事が政治につながっているんだよ。無関心ではいられないはずだ」と河村さんから言われ、考えた末に受けたと聞きました。若手が多く活躍した現場でしたが、一番熱く挑戦していたのは河村さん。そういう問題意識が鍵となって完成した作品です。しかも完成度にこだわり、脚本家が7人も関わってようやくできた。おもしろいだけでなく、人の心と記憶に残るものを創りたい…という想いがあったし、スポンサー確保のため奔走してくださいました。
――そうした問題意識をスタッフで共有できたからこその良い作品ですね。ラストシーンも含みがあっておもしろかったです。ご自身も映画に特別出演されています、ご感想は?
ラストのあれはシムさん演じる吉岡記者への「ご・め・ん」とも受け取れますが、家族へ向けての「ご・め・ん」だとみる人もいます。官僚からすると自分の正義はあっても、上から言われればそうせざるを得ない葛藤が常にあるようです。周囲から感動したという感想をもらう一方で、「政府ってここまでするんですか?」という若い人からの反応も多かった。内調という組織は、わかっているようでわからない存在。私もこの仕事をするようになってから知ったのですから、世の中の人は知らない人がほとんど。今は政権の中枢に警察キャリア出身者が次々に入っていて、警察による情報ネットワークを駆使した、情報統制が浸透していると思います。私が特別出演するシーンでは、10回くらい「やっぱり」を言っていて(笑)。口癖なんですね。これまで安倍さんが「いわば」を繰り返す口癖が気になっていましたが、人を笑えないと思いました。どこの部分が使われるかまったくわからない中で7時間ぶっ通しのトークを収録しました。テレビのコメンテーターは短い尺で収めますが、それは難しいし、すごい技です。
問題は、権力に媚びる姿勢。
――性的暴力をうけた詩織さんの一件も、映画の中で描かれています。政府の圧力は弱者にまでなぜ執拗にあるのでしょうか?
司法記者クラブで最初に詩織さんが会見した当日、「詩織さんの弁護士が所属する先輩弁護士が民主党(当時)の公認候補予定、という内容の人物相関チャート図がマスコミ関係者にばら撒かれました。この図の出所については週刊新潮が相当取材をしてまして、公安からある政治部の記者に渡されたと記事で暴いています。私も本当にびっくりしました。新潮は最近の記事でも、暴行したとされるTBSの元記者がフリーランスとなった際、「面倒を見てあげて」と菅さんから依頼された企業が元記者と顧問契約を結び、うち1社からは月々42万の手当てが入るようになっていたと報じています。菅さんは報道を否定していますが。
――知れば知るほど恐ろしいのですが、この国大丈夫か?という気になります。
取材をしていると、知れば知るほどこんなところまで手を入れているのか!ということばかりです。選挙やメディア対策だけでなくお金の面倒までみていた可能性がある…一体、どんなことが背後にあるのでしょうか。外務省は財務省官房参事官の中村稔氏を8月16日付で駐英公使に異動させました。森友の改ざん指示をした中心人物です。官邸は数年あちらで過ごせば世の中は忘れるだろう…とでも思っているのでしょうか。私は中村氏も谷査恵子氏(安倍昭恵首相夫人付の政府職員)も絶対に忘れませんが。谷さんをイタリア大使館の1等書記官へと『栄転』させ、マスコミとの接触を封じたのと同じ構図に見えます。映画の中でも同じようなシーンがありましたね。中村氏は安倍首相や昭恵夫人など土地取引の決済文書に出てきた政治家や関係者の名前をリスト化し現場に削除を求めました。それに抵抗していたのが、自死された近畿財務局の男性職員です。
――闇を知る人がそうやって何かしら天下ったり、次の仕事をあてがわれたり。政治ってとんでもないことだらけな気がしますが、望月さん現政権をどのようにお感じですか?
次期首相候補に菅さんの名前が出ていますね。このままでは公文書を破棄する流れは止まらないでしょうし、官僚は官邸の言うことにしか耳を傾けなくなっていくでしょう。その結果、被害を受けるのは、私たち一般市民ではないでしょうか。政策の透明性もわからないし、沖縄の声が軽視されているのと同様、国会の多数決で何でも押し切れるという空気ができてしまったのをこの6~7年間で感じます。特に安全保障関連法案が可決、成立してから歯止めが利きません。外国人労働者、水道、カジノなどの重要法案が十分な審議のないまま次々と可決成立しています。本来であれば命にかかわる問題は、人権や環境に配慮して考えなければならないのに、そのサポートや負の部分への対策を議論するのがほとんどゼロになっている。
――その通りです。私は横浜市民ですが、林市長が寝返りの「カジノ誘致」に憤慨しています。開き直りとも言える横暴さは現政権の悪い方法を受け継いでしまっている。望月さんは新聞記者としてこうした問題も丁寧に指摘されていますが、そういう心ある記者ばかりではないのでは?
周りの記者は、皆持ち場で頑張っている人がほとんどです。私は社会部記者で、そもそも政治部が所属する内閣記者会などには入っていません。政治部の番記者は役割と立場上、ズケズケと批判めいた質問が難しい場合もあると思うので、意識的に厳し目の質問を投げています。番記者が菅さんを怒らせたら、オフコン(囲み会見)なし!エレベーターも乗せない!と日々の別の取材に影響が出るとも聞きます。そういうことをするから記者も委縮する。別の部署から政治部に異動すると「こんなに何も聞けなくなるのか!」と驚いた人もいました。もっと自由に会見に参加できる空気があれば、政治家からの”ネタ“の取り合い合戦にならないでしょうし、距離感をもって政治家と話ができるはずです。番記者制度は弊害もありますが、問題は官邸よりも、私たちメディアの側の姿勢にあるのではと思います。
ジャーナリズムは民主主義に不可欠。
――いろんなしがらみがある政治部の中で、望月さん強く発言されていてすごいなぁと感じます。意見を伝えられるには学校教育も関係ありますか?
私自身は、学芸大付属小・中・高校で過ごしました。歴史に詳しい先生は多かったですし今考えるとリベラルな人が多かった。先日、とある中学・高校の先生と話をしたのですが、今は生徒がとても受け身なのだそうです。先生の発言に疑問を持たない。「そんなことをしなくても受け身になっていれば楽じゃないですか」と生徒に言われてガックリした…と言っていました。一方、ドイツの場合は、先生の言うことをすべて否定する形で議論をしてみよう…などの取り組みをやっているそうです。ナチスドイツ時代に政権から「公平・中立」を課されたことで、裁判官も教師も批判ができなくなり、結果としてドイツの独裁となった…という歴史があります。敗戦後は、裁判官も教師もデモに参加できるし、政治的立ち位置を表明していくべきだとされています。ドイツはヒトラー政権の独裁は、中立という名のもとにメディアも裁判官も教師も政治をチェックする意識を持てなかったという反省があります。だから、学校の先生は子どもたちに、何事においても 君たちはどう思うか? を考えさせるそうです。
――ドイツはそういう意味で国民も意識が高いですね。日本は敗戦後、何を反省して教育に反映しているでしょうか?