応急仮設住宅のことを書いているが、読んでくれる人のほとんどは仮設住宅を見たことがなかったり、中に入ったことがないだろうということに、今さらながら思い当たった。
仮設住宅の内部を撮った写真でもあればいいのだが、ストックした写真を引っくり返して探しても仮設の写真は驚くほど少ない。あったとしても話しを聞いた相手の人物写真の背景にちょっと写っている程度で、仮設住宅での暮らしの実情を活写したようなものはなかった。当時から、たとえ外観であっても仮設住宅の写真を撮ることは、何となく憚られる雰囲気があったからかもしれない。
それでは、と思い至ったのが仮設住宅の間取り図だ(本来なら、まずは図面を見てもらってから話を始めるべきだった)。仮設住宅を供給している一般社団法人プレハブ建築協会のホームページから引用して紹介する。応急仮設住宅がどのようなもので、どんな課題があったのか、きっと理解の一助となるだろう。
入口の網戸問題
例えば2011年夏、応急仮設住宅への入居がはじまった当時、大きな問題になったことに「入口に網戸がない」ということがあった。網戸がないのがどうして大変だったのか。それは風通しの問題だ。
壁や屋根がスチール製の仮設住宅は熱がこもる。夏には日の出とともにサウナのようになる。エアコンを使えばいいという問題ではない。仮設暮らしの被災者は将来の生活に不安を抱えているから、極力電気代をかけたくない。照明の電気さえ節約している人がほとんどなのだから。(状況はいまも変わらない。家中をこうこうと照らし、夏でも冬でもエアコンをガンガンかけているのは、外から支援に来て入居している人の一部くらい)
居室側の窓と入口の扉を開ければ風が通っていくぶんかは過ごしやすくなるだろう。しかし、入口に網戸がないから開け放すこともできない。
網戸なしで入口を開ければ虫が入ってくる。蚊、ハエ、カメムシ、蛾、カブトムシ…。中にはマムシが棲息している場所に建てられた仮設住宅もある。「入口を開けたらトグロを巻いてこっちを睨んでるんだから。とってもじゃないけど入口を開けられなかったのよ」そんな話を聞いたこともある。
「入口の網戸を付けて下さい」という要望がどんなに切実なものだったか、図面を見れば少しは想像できるのではないか。
以下、一般社団法人プレハブ建築協会のホームページから「単身用 1DK」と「小家族用 2~3人用 2DK」、「集会所」と「談話室」の参考図面を引用する。
ちなみに、参考図面にはこんな但し書きがある「※メーカーによりモデュールが異なる為、標準的な寸法を記載しています」。寸法などの細かいところは、仮設団地ごとに異なる場合があるということだ。それでも、図面を見ると「これは○○さんちのタイプだな」と分かる。単身用に限らず、小家族用や、集会所、談話室についても具体的に「どこのタイプだ」と思い浮かぶくらいだから、標準的な間取りを理解できる精度は十分にある。(トイレの扉や間仕切りなど細かな点での異同はある)
また、紹介されている図面には「下駄箱」が示されているから、東日本大震災での教訓が活かされたかなり新しいものだろう。(下駄箱がないという苦情は東日本大震災後の仮設住宅で多かった。とはいえ、靴脱ぎ場のスペースは変わっていない)
単身用 1DK(約19.8㎡)
単身用の1DKに入居している人からよく聞くのは。「とにかく物が置けない」ということだ。居間の広さは5.0帖となっているが、半畳分の出っ張りがあるので実質的に居室として使えるのは4帖半(半畳分は荷物置きになってしまう)。
4.5帖の居住空間にテレビを置いて、ちょっとした戸棚や電話台を置いて、小さなコタツを入れてとしているうちにスペースは埋まってしまう。
「布団を敷くのにコタツをどけなければならない。コタツの上のものも片付けなければならない。大したことじゃないかもしれないけれど、毎日のことだから、年とると億劫でね」
膝が悪いので椅子を使っている女性は、足先だけをコタツに入れる。「それだけでもずいぶん違うわよ」と言うけれど、椅子に合わせたテーブルを入れるなんて考えられない。布団を敷くのが大変になってしまうから。もちろんそんなことだから、ベッドなんて入れられない。
仮設住宅のメーカーにもよるのだろうが、4帖半用のカーペットを敷こうと買ってきたらサイズが合わなくて返品したという人もいる。押し入れを少しでも有効利用しようと押し入れダンスを買ってきたが、奥行きが合わずにちょっと出っ張るのはよしとしても(アコーデオンカーテンだから)、高さが合わずにやっぱり返品したという話も聞いた。
「普通の住宅の規格より、何もかもがちょっと小さいんじゃないかしら。押し入れダンスが下の段に入らないなんておかしいでしょ。布団を下の段にしまうのもいやだしね」
すべての寸法がちょっとずつ小さいというのは、部屋で話していて何となく感じられる。普通の4帖半のサイズ感ではない。部屋が縮んでいるのか、あるいは自分がちょっと大きくなってしまったのか。表現は適切ではないかもしれないが、おもちゃの家にいるみたいな感じ。コタツに入っていて、お尻が少しキッチンの方にはみ出してしまうのだ。
脱衣所に食材
ちょっとだけ、ではないのがキッチンの狭さだ。大人が2人並んで立てない。すれ違うこともできない。キッチンは流しとコンロと冷蔵庫があればいいというものではないだろう。電子レンジは冷蔵庫の上に置くとしても、炊飯器やトースターを置く場所がない。水切りカゴも置けない。ちょっと野菜を切るのにも、流しの上に板を渡すことになる。ようやくご飯の支度を終えて、「あ、お漬け物を出さなきゃ」とタクアンを刻むにも、件の板の登場だ。「まな板だとちょっと長さが足りなくて不安定なのよね」と。
これも不適切な言い方かもしれないが、5、6人乗りのヨットや釣り船の簡易キッチンでも、もう少し調理しやすくできている。スペースだけの問題ではない。コンパクト化を追求する過程で、調理する人の手順や動きが切り捨てられたとしか思えない。
避難所生活での上げ膳据え膳(お弁当の支給や炊き出し)に慣れてしまって、仮設に移った後も料理をしない人が多いということが問題にされた時期もあった。しかしこのキッチンでは、よほどチャレンジングでない限り、億劫になっても仕方ないだろう。
知り合いのKさんは料理の腕前がプロ級の人。ときどきご飯を呼ばれることがある。具材がたくさん入ったおふかし(おこわ)や煮込み、ときにはケーキまで振る舞ってくれる。そのKさんのキッチンでの動きはアクロバチックだ。こっちを向いたかと思うとさっとしゃがみ、振り返り、片足で背伸びする。サーカスの曲芸みたい。とてもお手伝いしますなんて言えない。なにもキッチンが狭いせいではない。段取りが驚異的過ぎて、手の出しようがないのだ。
そんなKさん家では、ジャガイモやタマネギ、お米、餅米、小麦粉、きび粉といった食材、それに珍しい調味料なんかは、キッチンに立ったKさんの背中側、間取り図で「脱衣スペース」と記されている場所に、キャスター付きの棚に入れて収納されている。
書いていてようやく気づいたのだが、この間取りは「1K」ではなく「1DK」と表記されている。DKがダイニングキッチンの略だと考えると、あらためて驚かざるを得ない。大辞林第三版によると、「ダイニングキッチン〔和 dining+kitchen〕台所と食堂とが一緒になった部屋、またその間取り。 DK 。」とある。
やや長くなったので、小家族用 2~3人用 2DK」、「集会所」と「談話室」の参考図面はページを改めることにする。