【振り返り・仮設住宅】対応のバラツキと不公平感

「もう少し早く来てればよかったのに」

サンマのつみれ汁とチャーハンの炊き出しの準備で、仮設住宅のお母さんたち5、6人と大量の野菜を刻みながらそんな話しになったのは、震災から9カ月ほど経過した2011年の初冬のこと。

女川の海辺から川沿いに数km遡ったところに、2つの仮設団地があった。2つの仮設団地は川を隔てて車道ではつながっていないが、当時はどちらか一方でイベントがあるときには、畑の中の泥道と仮の橋を通ってお互いに参加し合う、そんな連携が行われていた。

被災地の幼稚園にクリスマスプレゼントを贈るための打ち合わせがてらの炊き出しだったが、地元の人たちの存在感は圧倒的。「包丁の使い方がなってないわね、手取り足取り教えてあげようか」「あら、そっちのお兄さんは手つきがいいわね、お婿さんにもらってあげるわよ」津波の前には魚市場で働いていたというNさんと、水産加工会社にいたというHさんが中心になって場を盛り上げる。

そんな中、Nさんが「もっと早く来ていれば」と言ったのは、仮設住宅の不備なところをいろいろ見せて上げたかったという言葉だった。

女川町の野球グラウンドに建てられた3階建ての仮設住宅(参考写真)

国会議員の視察後に

仮設に入居したばかりのころ、国会議員の視察団がやってきた。全国放送のテレビ局もいっしょにやってきた。議員もメディアも「みなさんのおかげで仮設住宅に入ることができました」というお礼のメッセージを期待していた部分があったかもしれない。ところが、「何かお困りのことはありませんか」という議員の言葉に、Hさんが即答したらしい。

住宅に入れたのはありがたいけれど、この入口を見て下さい。引き戸を開けたらすぐに台所。靴箱も置けないし、雨が降れば家の中に降り込んでくる。それに、この鉄の柱。ちょっと触ってもらえますか。熱くて触れないでしょう。柱がこんなに熱いくらいだから、屋内はサウナ状態です。とてもじゃないけれど中では過ごせません。高齢者は熱さで参ってしまいます。

Hさんに言われて鉄の柱を触ってみた国会議員は驚いた。視察から間もなく、Hさんが入居する仮設団地では、外壁の断熱と入口前に風除室を追加する工事がはじまった。国会議員が現場に対してどのように働きかけたのか、あるいは働きかけなかったのかは分からない。それでも、その後もHさんに電話をかけてきたり、視察の際には立ち寄ったりして、現地のニーズを掬い取ってくれる頼もしい存在になったという。

女川町日蕨の仮設住宅(参考写真)

行政の担当者による検証本

『実証・仮設住宅 東日本大震災の現場から(大水敏弘著・2013.9.1・学芸出版社)』という本がある。著者は東大工学部建築学科から建設省に入省し、震災当時は岩手県で仮設住宅建設の指揮に当たった人物だ。

この本によると、仮設住宅の建設に当たっては迅速な建設と入居こそが最優先課題であり、断熱や風除室といった付帯設備は、住民の入居後に追加工事として行う考えだったかのように読み取れる。

しかし、追加工事が実施された時期は、場所によって大きな差がある。国会議員やメディアに直接声をあげたHさんの仮設団地では、秋の内に追加工事が終わったが、川を隔てたNさんの団地では外壁工事がずれ込んだ。石巻市内の仮設団地では、追加工事が真冬になったところもあった。もっと寒いはずの岩手県では外壁の追加工事が行われていないところもある。屋内にエアキャップを張り詰めるという自衛策を、仮設を出るまで続けていた人もいる。「外壁を二重にしたくらいじゃ、暑さ寒さも結露も防げない」と。あるいは追加工事の時期だけでなく、工事の内容にも差があったかもしれない。

震災から2年目、3年目の被災地では、声の大きい人がいるところばかり優遇されるといった陰口も聞かれた。再建のためのコミュニティーづくりを進めて行くべき場時期に、不公平感が広がっていたのは不幸としかいいようがない。

陸前高田市の仮設住宅。北側の壁面には断熱工事は施されていない。給湯器の配管の位置から風呂の追い炊き追加は実施されている

追い炊き問題から見えてくるもの

追加工事が行われたもうひとつ大きなものに風呂の追い炊きがある。建設当初の仮設住宅のお風呂には追い炊き機能がなかったのだ。寒さが厳しい東北ではお風呂のお湯もすぐ冷める。冷めたお風呂を温めるための手段が差し湯だけとなると、水道光熱費がかさんでしまう。家賃こそかからないものの水道光熱費が自己負担となる仮設住宅入居者にとって、これは精神的にも大きな負担だった。なぜなら、仮設を出るのが2年後か3年後なのか、あるいは5年以上かかるのかも分からない中、毎月の水道代やガス代の出費増大は、生活再建の資金を確実に喰っていく要素になるからだ。

『実証・仮設住宅』で風呂の追い炊きについて紹介している部分を見ると、こんな記述がある。

国から示された寒さ対策の中に「追い炊き」はない。(中略)苦情には「すみませんが追い炊きは無理ですので、差し湯でお願いできますか」と答えるよりないと考えていた。

引用元:『実証・仮設住宅 東日本大震災の現場から』大水敏弘著・2013.9.1・学芸出版社

追い炊きの実現には給湯器そのものを取り替える必要がある。その経済的負担は大きい。さらに被災地では労働力不足が深刻化していて、この追加工事を行うと、復興に関わるその他の工事に影響が及ぶ恐れがあるというのが理由だ。しかし——

年明け、被災地回りをする首相に被災者が強く要望したあたりから雲行きが変わってきた。

引用元:『実証・仮設住宅 東日本大震災の現場から』大水敏弘著・2013.9.1・学芸出版社

仮設住宅の風呂の追い炊き機能は予算委員会でも取り上げられ、震災から1年が経過した春、4月には、

ついに「追い炊き機能設置可」との国の方針が示されたのである。
しかし、実際に工事を発注する被災3県での対応は極めて大変だ。被災3県では被災2年目になっても、仮設住宅改良のため、膨大な市税の調達や労働力の確保に追われることとなった。

引用元:『実証・仮設住宅 東日本大震災の現場から』大水敏弘著・2013.9.1・学芸出版社

文章からは、行政の現場の意識の率直なところが伝わってくる。

有り体に言えば、できればやりたくない工事もあったということだ。あるいは、そんな雰囲気が追加工事の時期のばらつきに多少の影響を及ぼしたかもしれない。

追い炊き機能付きに取り替えられた給湯器。製造年月に「2012年11月」とある

課題を伝えること

迅速な建設の入居こそが最優先。そのために漏れてしまった機能については、生活に支障を来すようなもの以外は極力行いたくない。それは、仮設住宅の建設の先にまだまだ為すべきことが山積していることを考えれば当然と言えるかもしれない。

しかしだ、仮設住宅の建設当初から、必要な機能を盛り込んだ建物にすることはできなかったのか。『実証・仮設住宅』の著者は、風呂の追い炊きについての記述に続いてこう指摘している。

ただ、一方で、標準仕様の仮設住宅がいかに「ほんのひとときの仮のすまい」という観点で作られているかを実感せざるを得ない。
資材不足当の混乱さえなければ、もともと対応されるべき項目も多い。(中略)
今後建てられる仮設住宅では、写真のようにアレンジされた福島県の仮設住宅を参考に、改善されるべき仕様をあらかじめ盛り込んで、建設が行われるべきであろう。

引用元:『実証・仮設住宅 東日本大震災の現場から』大水敏弘著・2013.9.1・学芸出版社

仮設住宅建築に当たった行政の検証が伝えられ、いつでも必要なときに引き出せるようにしておくことが重要なのはいうまでもない。それだけでなく、実際に仮設住宅でどんな課題があったのかを、住民レベルで蓄積していくこともまた、今後に向けて必要なのではないか。被災地では仮設住宅の撤去が進むが、まだ手遅れではないはずだ。

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