今年3月、福島県の広野町にイオン広野店が開店した。いわき市に暮らす友人たちの間でも、オープン前から話題になっていた。
Jヴィレッジがあることで知られる広野町は、福島第一原発事故で町全域が緊急時避難準備区域に指定され町全体が避難した。避難指示は事故翌年の4月1日に解除されたが、解除後も帰還する住民は少ない状態だった。
「自宅の片付けとかで来てるんだろうな、昼間は人の姿を見かけることはあるが、夜になると人の気配すらなくなるんだ」
「避難指示が解除されたって、お店も病院も学校もないんじゃ生活できないよな」
いわき市に住む知人は当時そう言って心配していたものだ。町が復活できるかどうかは生活環境の整備にかかっている部分が大きいという意見だった。
実際の店舗を初めて目にした印象は、意外と小さいなというものだった。イオンというと巨大なショッピングモールを想像しがちだが、イオン広野の規模は地方スーパーの小型店舗といった感じ。それでも中に入ってみると、普通のスーパーのものよりも背の高い商品棚がかなり密集して配置されている。スペースをどこまで有効活用できるか知恵を絞ったのが伺える。商品点数はかなりのものだろう。
レジもふつうのスーパーのようなゲート方式ではなく、横に長いカウンターに数台のレジスターを配したスタイル。買い物客とレジ係がカウンター越しに向かい合って、談笑している姿もあった。このレジもスペースの有効利用のためなのか、あるいは高級感を出すための演出なのか。
いずれにしても、広野町にイオンができた意義は大きいだろう。買い物客には作業着姿の人も見られたが、地元の人がちょっと晩ご飯の食材を買いにきましたといった風の人も大勢いた。
ひとつ気になったのは、狭いスペースを有効活用しているような店舗形態なのに、酒類の売り場は大きくとられていて、逆に生鮮品はお世辞にも充実しているとは言えないものだったこと。野菜は種類も量も少ない。魚や肉はもっと少ない。その上、お一人さまサイズの小さなパッケージだ。
いわき市の知人でいつもお世話になっている方にそのことを話したら、こんな答が返ってきた。
「広野のイオンにはみんな期待しているんですよ。生活が便利になりますからね。でも確かに生鮮品は少ないって皆さん指摘しますね。たぶんですけど、避難生活を続けてきた人たちは、お弁当のようなものを食べたりすることが多くて、自分で料理するということがなかったのかもしれないと思うんです。自分たちで食事を作らない生活を5年も続けてきたら、なかなか台所で料理しようって気持ちにはなれないでしょうからね」
彼女の言う通りだとしたら、店舗などの生活環境の整備の「次」がさらに大切になるのは言うまでもないだろう。
原発事故で離れざるを得なかった故郷にようやく戻ってきた。でも、それだけでは生活を取り戻したことにはならない。料理を作って食べる。家族と一緒に食べる。近所の人や友人たちとお茶っこする。花見を楽しんだり、バーベキューをしたり、お祭りを復活させたり……
そんな気持ちを取り戻すことの大切さを、イオン広野の売り場の景色が教えてくれる。