何気ない一言が胸に刺さることがある。高名なコピーライターが捻り出した名コピーよりも真に迫ることがある。
ここは岩手県の沿岸南部、大船渡市役所1階のとある片隅。市民課の窓口が並ぶ入り口近くから、教育委員会みたいな専門部署へ歩いて行く途中のコーナー。関係者以外は立ち入り禁止の電算室の入り口ドアに、こんなステッカーが貼られている。
震災前より 強くなってやろう!!
大船渡の海を象徴するブルーと、明るい気持ちをかき立てるようなフォントで表現されたキャッチコピー。そこに、震災前よりもっといい町にするんだという意気込みが込められているのは間違いない。一目見て、そういうことだと自分も受け止めた。いいステッカーだと思った。
市役所の2階での用事が済んだ後、遠回りしてでもこのステッカーを写真に収めたいと思ったくらいにこのステッカーは印象的だった。
でも、スマホで撮った写真を見ているうちに、いくつもの疑問が湧いてきた。ついさっきまではシンプルに、ただただとてもいいフレーズだと思っていたのに。
どうして、「震災前より強くなろう!」ではなく「強くなってやろう!!」なのか。
強くなったところを、誰に見せつけようというのか。
震災からの復旧ではなく復興を目指す以上、震災前よりももっといい町にしていこうというスタンスは自明のことなのに、それをどうして誰かに誇示しようというのか。
震災前の大船渡がどんな町だったのか、正直なところ詳しくは分からない。しかし、震災をきっかけにして知り合った大船渡の人たちはおしなべて強くて明るい印象がある。どうしてこんなに、と思うくらいに強い人が多いように感じる。
市役所の1階の片隅、あまり一目につかない場所に掲げられたステッカー。「強くなろう!」ではなく、「強くなってやろう!!」というキャッチフレーズに、さまざまな人の顔が思い出される。
わがままとしか言いようのないような要望に真剣に対応してくれる、背がすらっと高くて美人だけれどとても人見知りな担当者。昭和の名優だけが持っていた気高さをそのままに感じさせてくれる年下の恩人。チャラい外見からは想像できないほど真摯な若い経営者。外部団体主催のイベントで真剣に内輪喧嘩を披露してくれた仮設団地のおばちゃんたち。うまいとか下手といった次元を超えて、バクバクする鼓動そのまま伝えてくれるデュオ。そして、あえて雲隠れしてまでも仁を貫いているあいつ。
震災前より 強くなってやろう!!
彼らの表情の向こう側にあると思われる心象に、このフレーズがぴたりとフォーカスされる。
大船渡市役所1階の、あまり人通りのない通路の一角にあるステッカーに記されたキャッチコピー。大船渡の人たちすべての心情を代弁しているのかどうか、それは分からない。しかし、強くなってやろう!!という言葉の言い回しに、5年5カ月が経過した被災した町の空気が透かし彫りにされていないと誰が言い切れるだろうか。
何気ない一言に、5年5カ月という時間を経た現在の状況が映し出されている。
震災前より 強くなってやろう!!
おうよ! 震災前よりずっと強くてカッコいい大船渡人の姿を見せつけてくれ! カッコよさにボーダーなんてないことを、日本中に、世界中に、そしてオレにも見せつけてくれ!