未来への伝言「越喜来の潮目」の2016年6月

この日も越喜来の「潮目」は健在だ。潮目はまるで秘密基地のような場所。高い塔が空に向かって背伸びする。ジャバラパイプの滑り台がある。ボートを使ったブランコがある。建物の中には秘密のトンネルもある。

まるで子どもたちの夢を形にしたみたいな秘密基地のほぼすべてが津波の被災物、津波に流されて普通なら「ガレキ」として処分されただろう物たちだ。震災の直後から、ガレキはゴミではないとたくさんの人たちが指摘してきた。ゴミのように見えても、ガレキのひとつひとつは津波に流される直前まで、誰かの家の一部であったり、誰かの大切な宝物だったり、思い出の品だったりした物だからだ。記憶が宿った物をガレキをゴミ扱いすることはできないと。

しかし、ガレキを処分しなければ復旧工事を進めることすらままならないという現実問題から、記憶の宿った物たち=ガレキはほとんどが処分された。

あれほど多くのガレキが町を埋め尽くしていたのに、いまではいわゆるガレキは探さなければ見つからないほどだ。

そんな思いや思い出が宿った被災物=ガレキが、越喜来の潮目では秘密基地の材料として再び命を与えられている。手にふれ、それを使って遊び、そしてふとした瞬間に、それが何なのかを深く考えることができる。被災物を歴史的資料という形ではなく、生きたもの、第二の命を与えられたものとして伝えてきたことに潮目の意義がある。

こんな場所は被災地と呼ばれるどこを探してもここにしかない。

潮目は、大津波資料館であり、老若男女関わりなく童心に帰ることができる秘密基地であり、そして最高の現代アートだと思う。

無いよりは、あった方が良い。やらないよりは、やった方が良い。

潮目の外壁にはこんなメッセージが画鋲止めで貼り出されている。画鋲はすっかり錆びている。

潮目は最初、津波被害で遊び場を失くした地元の子どもたちのために生まれたプレーパークだった。そして多少の変遷を経て、被災物を使った秘密基地的な存在として成長し続けてきた。新しい要素が次々に付け加えられて、訪ねるたびに姿を変えていく潮目は、見る人、関わる人の心を揺さぶり続けてきた。外見のポップさばかりでなく、潮目がここにあるということがアートそのものだった。潮目の存在そのものが人間の精神世界にある至高な何かを発してきた。あついあつい熱のように。

たとえば、隣接していた越喜来小学校の子どもたちが津波避難を行う上で欠くことのできなかった避難階段は、小学校解体の際にいっしょに処分される運命だった。しかし、潮目に関わってきた人たちは、勝手に避難階段を持ち出して潮目の一部に加えた。教室から黒板を、津波到達の時間で止まった時計を、音楽室からは錆びたピアノを持ち出した。

そのころ、ガレキ扱いされることになった被災物は、大人の事情でどんどん処分されていた。大人の事情という視点に立てば、解体される建物から「持ち出す」という行為であっても、もっと大きな文脈から見れば「救い出す」ことに他ならなかった。

「無いよりは、あった方が良い。やらないよりは、やった方が良い。」という潮目の外壁に控えめに掲げられた言葉は、潮目の精神そのものだと思う。

過去と今を結ぶ未来への補助線

潮目の正面に震災前のこの場所の写真が掲げられている。潮目の建物の中には、大津波襲来から町の被害、復旧の時間の中で撮影された写真などのほか、震災前の町並みの写真や、昭和の三陸津波の際の被害状況を示す資料も貼り出されている。潮目がここにあるということは、過去と今を結ぶ未来への補助線でもある。

そんな潮目の周辺では、かさ上げなど土地の再生に向けての工事が進められている。もう何年も前から工事は進められてきたが、ここにきて明らかにピッチが上がっているように見える。

すぐ隣接する区画にも重機が入っている。離れた場所から望遠レンズで写真を撮ると、重機の群れが潮目を解体しようとしているかのように見えてドキッとする。

かさ上げ工事が進めばやがて、潮目も現在の場所に存在し続けることはできないだろうと思う。しかし、そんな潮目の建物の中に、これまで無かった新しいものを見つけた。それは冷蔵庫。中にはペットボトル飲料が数本入っていて、「よろしければご自由にどうぞ」と地元の言葉で記されていた。

冷蔵庫があるということは、潮目に電気が来ているということだ。たしかに潮目の外には電力メーターも設置されていた。そのことに、いたく感動した。電気を引いたというそのことが、たとえ将来的に解体される運命にあろうとも、潮目の意地のようなものを示しているようで頼もしかった。

潮目はこれから新しい潮目に生まれ変わろうとしているのかもしれない。これまでにはなかったまったく新しい潮目に。

そんなことを考えていたら、いまの潮目の写真をたくさん撮影しておきたい気持ちに駆られた。これまで成長し続けながら存在してきた潮目という存在と比べれば、写真を撮るという行為がとてつもなくちっぽけなものだとは思ったが、潮目のいまを残したかった。

どうせ写真を撮るのなら、お題は「上へ上へと伸びゆく潮目」しかないだろうと、なぜだかそう思った。

写真集「伸びゆく潮目」