写真はアナグマではなくて、丹沢の鍋割山登山道で出会った野生のシカ。
昔から丹沢山地はシカの害が多い土地で、登山道を少し離れた植林地にはシカの侵入を防ぐ高い柵が張り巡らされている。ヤビツ峠から塔ノ岳に登る登山道は、シカ柵にぴったり沿っている場所もあるくらい。
ところが、最近では山に住んでいるはずのシカが人里近くまで下りてくる場所も珍しくない。伊豆半島を北に流れる一級河川狩野川の西側では、畑や民家があるすぐ近くでシカの姿が頻繁に目撃されている。私自身も早朝に、川の対岸をまるで散歩するかのように悠然と歩いているシカの群れを数回見た。それも伊豆長岡温泉よりもさらに下流の場所でだ。リバーカヤックで中州に上陸して大量のシカの糞を見たこともある。
新幹線がとまる三島駅から10kmにも満たない場所に野生のシカが生息するのは、自然が豊かな証拠だと思っていたが、そう単純な話でもないらしい。
岩手県で年間100頭以上シカを仕留めている人に話を聞くと、最近では県外からシカを捕りにくるハンターが急増しているという。
「シカ撃ちをやる人間しか駐めないような場所に、宮城とか福島ナンバーの車が駐まっていることがよくある。あっちじゃ獲れなくなっているのかもしれない」
しかし宮城県の牡鹿半島周辺では、捕獲されるシカの数は増えていると聞く。地元の名産としてジビエ料理(野生動物を食材にした料理)に力を入れるレストランも人気だ。女川から雄勝に向かう国道398号線ブルーラインでは、雄勝近くの直線部で頻繁にシカの姿を目にする。岩手のハンターはさらにこんな言葉も。
「今年は山に食べ物が少ないのか、人里近くまで下りてくるシカが多かった。シカの数自体は例年以上なんだが、なぜかあんまり獲れない。他県のハンターが入っているからってことではないと思うんだが、何か変なんだ」
自然界のバランスがどこかおかしくなっているのかもしれない。そう思うことがしばしばなので、野生のシカの話を書こうと思っていたら先日、アナグマを見た。しかも、真っ昼間に家の裏の畑の中でだ。2頭のアナグマがまるで子犬がじゃれ合うように(しかし体ははるかに大きい)駆け回り、薮の中へ消えていった。
突然のことで写真を撮ることすらできなかった。
アナグマは、ただでさえ夜行性で、警戒心が強い動物だ。山歩きをしていて出会うにしても、早朝か夕方、切り立ったV字谷の対岸にいるのを見たことが数回ある程度だった。車に轢かれたのを見たことも数回しかない(それに対してタヌキの轢死はたいへん多い)。
家の裏の畑に野生動物出現、なんていうと住んでるのはどんなところなんだと思うだろうからざっと説明すると、道路に面した土地には民家が建ち並んでいる。遺跡に指定されているため空き地になっている場所を中心に、昔ながらの畑が何カ所かに分かれて広がっているが、最近では町内で年平均3軒くらいのペースで家やアパートが新築されている。遺跡がある関係で比較的緑は多く残るものの、農地が点在する住宅地といった土地柄だ。里山とか、畑の中の一軒家といった場所ではなく人間の世界であることは間違いない(人間の目で見ればの話だが)。
人前に姿を見せるような動物ではないと思っていただけに、アナグマを2頭も、しかも人目も気にせず走り回るのを目撃したのはショックだった。
しかし、ネットで調べてみると2014年には東京の吉祥寺のビルの2階の外壁でアナグマが発見されたという。木を登ることもないアナグマがどうやってビルの上まで登ったのだろうか。民家の庭先や家の中にまで入ってくるアナグマの動画もアップされている。
昔からアナグマはタヌキと混同されることが多く、タヌキ、ムジナ、マミといった呼び名も、呼称と示す動物がごっちゃらしい。さらにアナグマの肉はジビエ料理の食材としては最高ランクのおいしさだという話もあり、日本でも昔から捕獲されていたという(カチカチ山の話もタヌキやアナグマを人間が食べていたからこそ成立する)。
アナグマが警戒心が強くて、めったに人前に姿を見せないというのは最近出来上がったイメージ(あるいは筆者の思い込み)に過ぎなくて、昔から人間と関わりの深い動物だったのかもしれない。
アナグマを見た!というこの話に結論はない。ただ、シカが増えているのに獲れなくなっている場所があることや、アナグマが住宅が立ち並ぶ畑の中を走り回るのを見たということを伝えることしか自分にはできない。
自然のバランスが崩れているのかもしれないし、そうではないのかもしれない。人と動物の生活圏の境界領域に変化が生じているのかもしれないし、たいした変化ではないのかもしれない。しかし、震災で人口が減った地域や、宅地開発が行われる地域で、里山(人が住む世界と野生の世界の間の緩衝地帯としての意味があるとされる)の状況が変わっていっていることは十分ありそうだ。
こんどアナグマに会ったらぜひ尋ねてみたい。どうして真っ昼間に人里を走り回ったりしたのかと。アナグマたちはどんな返事をしてくれるだろうか。