字は人の体を表すと昔からいわれていますが、自らを「言霊と筆と墨で表現するアーティスト」と位置づける武田双雲さん。筆にこめられた美しさと力強さから、人となりのエネルギーを感じることができます。若き書道界のプリンスというイメージですが、2才になる息子さんを育てるお父さんでもあります。さまざまなアーティストとコラボレーションも積極的にされる、双雲さんにお話をうかがってみました。
武田 双雲 (たけだ そううん)
昭和50年、熊本市生まれ。3歳から母である書家:武田双葉(そうよう)に書を叩き込まれる。
東京理科大学理工学部卒。2001年1月NTTを退社し、書道家として独立。
現在は湘南を基盤に創作活動を続ける。
著書に「たのしか」(作品集・ダイヤモンド社)、「書」を書く愉しみ」(光文社新書)、「書愉道」(池田書店)がある。
自由奔放さを容認してくれた母の存在
――お母様の武田双葉さんは偉大な書道家でいらっしゃいますが、社会人になってからその存在のすごさに改めて気づかれたとか。躾なども厳しくていらしたのですか。
書道に関しては細かくて厳しかったですが、それ以外はまったく何も言わなかった。男っぽいしサバサバしている人で、まさに肝っ玉母さんという感じでした。うちは男3兄弟で、僕は長男。年子で次男。僕と9歳はなれて三男(現在、書道家として活躍中の武田双龍さん)。父は競輪の予想新聞の会社を経営していたので、経済的には裕福でした。母は、書道家でありダンサーでもあり、家のこともしっかりこなしていました。
――双雲さんは穏やかな性格でした?どんな習い事をされてきたのでしょう?
僕はお花畑を踏んづけて歩いて気づかないタイプです(笑)。水泳、空手、公文、少林寺拳法、音楽教室……と習い事は色々やらせてくれました。母は、場を提供してくれたんですね。その代わり、嫌ならやめれば?という感じで押し付けがましくない。僕はあんまり反抗しないスナオな性格で、どこに行っても楽しんでいましたよ。僕の一家は、元気が良くて昔から皆よく話すんです。皆がしゃべり好きなので、家の中はうるさかったですね(笑)。
――スポーツをかなりお好きでされていらしたのは、ちょっと意外でした!
小4から野球チームで中学時代も野球部、高校はハンドボール部の球児でした。ポジションはピッチャーかファースト。僕は歯をくいしばらないタイプなので、勝負には弱い。たとえ勝てる相手でも、ボコボコにしないで相手にもちょっと勝たせてあげたいと思ったり、どこかで手加減してしまう(笑)。性格的にはスナオでしたが、いつも血だらけでした。7本も骨を折ったし、何針も縫って怪我だらけで。
――お母様も大変だったことでしょうね。それでも書道はしっかり続けてらしたのは素晴らしいです。落ち着きがない子に、書道をさせたいと思う親は多いと思いますが、双雲さんはどのようにお考えですか。
僕の場合は、やらされているというよりも、書道はちゃんとやる子でした。徹底的に厳しくされていましたし。タイプ的にいろいろですし、無理やりやらせてもダメ。ゲームより、野球より、書道のほうがおもしろいな!と思わせることができればいいですね。最後の10分間の集中で仕上げる喜びでもいい。それは、大人の「諭し方」もある。押さえつけるのではなく、関心をもたせるのですね。
この子は大物になると信じることが、子の力を伸ばす
――双雲さんの主宰されている書道教室にはたくさん生徒さんが通われていますが、ご自分の子ども時代と比べて気になることはありますか?
子どもたちもいろいろで違うタイプなので、ひとつの型にはあてはめられません。どう転んでもしょうがないという気構えで、場は与えたほうがいい。親が勝手に子どもに対して焦っていることに、子どもは嫌がっているんです。僕の両親は、いつでも「おまえは天才!」と認めてくれていました。「いつか、きっとすごいことをする」と信じてくれていた。父はほとんど子育てに口を出すこともなく、仕事に明け暮れていましたが、たまに顔を合わせると「すごいな、おまえは天才!」とほめるだけ(笑)。でも、そのおかげで何となく「おれってすごいかも」と思えた気がします。
――それは人としての基盤づくりにきっと大きな影響がありましたね。会社を辞めて書道家になることに迷いはありませんでしたか?
根拠のない自信があったのです(笑)。きっかけは、先輩に「おまえは字がきれいだから、新しい名刺を作ってほしい」と頼まれまして。筆で書いた字をコンピュータに取り込み、名刺を作成したら大好評でした。それで、これは商売になるかな~と2001年1月に書道家として始動しました。もともと手先が器用なほうではなく、学生時代は技術も美術も全然苦手で、成績はいつも2でしたけれど。
――2001年から書道家として大ブレイクされて、激動の人生だったのでは?印象的にはもっと計画的な見通しがおありだったのかと思いましたが、そうではなかったのでしょうか?
書道家としての7年間というよりも、32年間の人生そのものが、常に激動でしたので(笑)。過去と未来にこだわらないんです。いまでも書を極めているだなんて自分では考えていませんし、いつもベストを尽くすのみ。行き当たりばったりのことも多いので「きまぐれ書道」なんて呼んでいます。
――双雲さんにも2才の息子さんがいらっしゃいますが、子育てにもご自分のこれまでの体験がいかされていらっしゃるのでは?父親として伝えていらっしゃることとは?
僕は父親になってから、こんなに楽しい役割はないと思うようになりました。息子とは親友のような関係です。2才頃って一番自我が芽生えてわからないことを言いますが、僕は毎日、息子の言動を楽しんでいます。子どもといえど人格のある個人です。父親という存在は家族を創造していく力が必要だと思う。家族の構成メンバーを素材だとしたら、その素材をいかすためにどうしていくかを考えるべきなのに、臨機応変に捉えることを忘れて理想論に走っている人が多い気がします。
子どもは想像以上に天才!毎日を精一杯楽しんで
――今、小学校ではお習字に朱色で先生が○や×、直したりしないので、書いた字をそのまま掲示してあります。そうなると張り合いもなくなるように思いますが、どんなふうに導けば子どもたちは書道の楽しさに目覚めるとお考えですか。
うちの教室にもほんとうに色々なタイプの子が通っています。楽しいことは遊びの延長。だから「遊び」を取り入れながら、楽しく書道に親しめるようにしています。もちろん競争もさせます。子どもが自ら積極的にする競走なら楽しめると思います。
――今の日本の子どもたちに思うことをお聞かせいただけますか?
今のままでいいと思う。毎日、精一杯楽しんでほしい。子どもって、自分が思っている以上に天才なんです。お前ら、すごい存在なんだぞと言い続けてあげたい。僕はスーパーマリオ世代で育ちましたが、木登りも、書道もスポーツも全部やってきました。年齢ではなく、何かをやり続けることで可能性が拓く道が必ずあると思う。
――読者である親御さんにもメッセージをいただけますか?
まず自分自身に幸せを。「先生、うちの子は約束を守らないんです」と文句を言うお母さんがいますが、僕は「約束守る子どものほうが少ないですよ」と言ってあげます(笑)。言葉かけにしても欠点ではなく、長所を認めて、伸ばすことが大事ですよね。
――今後は、どのような活動をご予定されていらっしゃいますか?
3/19(水)~25(火)大阪梅田阪急百貨店にて双雲個展(作品販売、講演会、本販売サイン会、バイオグラフィ展示等)を開催します。テーマは「希望」です。60
点くらい作品を展示します。自分の書によって1人でも多くの人の心を動かしたいと願ってます。「50歳までに世界中で1億人以上が感動する書活動を行う。それに値する人間になる。」と言い続けています。書で世界を変える!という意気込みで、これからも活動していきます。
編集後記
――どうもありがとうございました。長身でかっこいいモデルさんみたいな書道家の双雲さん。想像していたキャラクターとは全然ギャップがありました、と申し上げたら失礼かもしれませんが(笑)。楽しいことや遊ぶことが大好きな少年のまま大きくなってしまったような……たくさんお話しいただいて、ほんとうに楽しませていただきました。メチャかわいい息子さんがいらして、もうお一人がこの春に誕生されます。これからますますのご活躍を楽しみにしております!
取材・文/マザール あべみちこ
活動インフォメーション
●『双雲個展』 開催のお知らせ
武田双雲 書愉展
3月19日(水)~25日(火)
大阪梅田阪急百貨店 7階イベントホール『ミューズ』にて (作品販売、講演会、本販売サイン会、バイオグラフィ展示等)
テーマは「希望」。 入場無料