【世界一周の旅 Vol.28】救われた人類の遺産、アブ・シンベル神殿

エジプトの南部、スーダンとの国境近くにあるひとつの世界遺産があります。アブ・シンベル神殿です。

この遺跡には特別な思いを持って訪れました。というのも、アブ・シンベル神殿は「世界遺産」創設のきっかけになったと言われているものだからです。

同神殿はナイル川の岸にあるのですが、1954年、川の下流約300キロほどの場所に巨大なアスワン・ハイ・ダムの建設計画が発表されました。ダムが完成すると巨大な人造湖が出現し、アブ・シンベル神殿を始めとした数多くの貴重な遺跡が水没してしまいます。この危機を救うために巨大な遺跡をまるごと移動するという信じられないようなプロジェクトが始まったのです。この保存活動がきっかけとなり、世界遺産条約が作られたと言われています。

驚きのアブ・シンベル神殿を見れることに感謝

アブ・シンベル神殿はアスワン・ハイ・ダムがあるアスワンの街からツアーで訪れてきました。

街から神殿までは警察車両の護衛のもと、バスや車、数十台による集団で向かいました。エジプトでは私が訪れた8年ほど前にもルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿でテロリストによる銃乱射事件があり、日本人10名を含む62人の方が犠牲になっています。そのため、テロへの警戒が必要だったのです。

写真左が大神殿、右が小神殿

アブ・シンベル神殿は大神殿と小神殿の2つから成ります。建設したのは、ファラオの中のファラオとも言われる、古代エジプト文明の絶頂期の王・ラムセス2世です。大神殿は王自らために、小神殿は妃のネフェルタリとハトホル女神に捧げるために造られたといいます。

遺跡に着くと早速、大神殿へ。

最初に目にした時には、まずその大きさに驚きました。神殿入口前に立つと圧倒されるほど巨大なのです。写真ではわかりづらいかもしれませんが、像の高さはなんと21メートル。このような大きなものをまるごと移設したことにただただ感心です。

アブ・シンベル神殿は1036もの巨大なブロック状に切り出して移されたといいます。もともとあった場所は、現在の位置から南へ64メートル、東へ110メートルの地点です。今そこは人造湖の底。こうして見ることができるのは1960年代に行なわれた保存活動のおかげです。心から感謝せずにはいられませんでした。

大神殿のなかへ入ると、数千年の歴史を感じさせない鮮やかなレリーフが残っています。なんでもこの保存状態の良さは湿気が少ない上に、劣化するのに時間がかかる鉱物系の顔料が使われていたからだそうです。

また神殿内は美しさだけでなく、綿密に計算された設計の上に造られています。遺跡は東を向いてあるのですが、年2回、太陽の光が一番奥にある至聖所に差し込むようになっているというのです。太陽の動きを利用した演出と古代エジプトの天文学のレベルの高さに驚きました。

華麗で緻密、そして壮大なこの遺跡を今もこうして見れることに世界遺産の意義を心から痛感したのでした。

アブ・シンベル神殿

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