海側遮水壁内側の埋立地に発生した亀裂

全長約780メートル、594本もの鋼管矢板をつなぎ、今年10月下旬に完成した「海側遮水壁」。深さ約30メートルまで打ち込んだ鋼管で、汚染された地下水と海水を遮断する巨大な壁だ。遮水壁の内側の地面はコンクリートによる舗装が施された。狙いは雨水が染みこんで地下水を増やさないようにすることで、東京電力が目下精力的に取り組んでいるフェーシング工事の一環でもある。

埋立地舗装面の目地の状況(補修実施前)撮影日:2015年11月3日 | 以下、資料のキャプチャを除く写真はすべて東京電力撮影 2015年11月26日掲載のもの

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しかし、あろうことか舗装した路面に大きな亀裂が生じてしまった。11月26日に発表された「写真・動画集」には、舗装の目地や、鋼管矢板とコンクリート舗装面の隙間に開いた隙間や亀裂の写真が掲載されている。

鋼管矢板打設際の状況(補修実施前)撮影日:2015年10月2日

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とくに下の写真は衝撃だ。せっかく雨水が染み込まないように舗装したのに、まるで排水のためにわざとこんなふうに施工したのかと思えるほど、パカっと開いている。

その原因を東京電力は次のように説明する。

• 海側遮水壁閉合後、地下水位上昇に伴い鋼管矢板のたわみが増加し、舗装面の一部にひび割れ等が発生。

引用元:海側遮水壁閉合後の埋立地舗装面等の状況について|東京電力 平成27年11月26日

地中深くに打ち込んで、地下水と海を遮蔽する計画だったのだが、地下水位の上昇で鋼管矢板にたわみが生じたいうことらしい。要するに海側に向けて孕み出してしまったというのである。写真と同日に発表されたリリースに、イラスト入りで説明されている。

海側遮水壁閉合後の埋立地舗装面等の状況について|東京電力 平成27年11月26日

汚染された物質(敷地内の土や泥や施設)などに接触することなく、雨水をそのまま海へと流すはずだったのに、隙間が開いたせいで雨が地下水を増やすことになる。水位が上がればますます遮水壁の変形が進みかねない。

東京電力の対応は早かったようだ。11月末に作業完了予定で補修工事を実施した。

• 一方、舗装面のひび割れ箇所からは雨水が入り、地下水ドレン汲み上げ量が増加しているため、急ぎ補修を進めているところ(11月末完了予定)。今後も点検を継続し、状況に応じて補修を実施していく。
• 鋼管矢板の継手にかかる負荷を軽減することを目的として杭頭を結合する鋼材を設置。特にコーナー部では大きな力が作用するため鋼材を補強中。

引用元:海側遮水壁閉合後の埋立地舗装面等の状況について|東京電力 平成27年11月26日

補修実施状況(ポリウレア吹付箇所の一例)撮影日:2015年11月21日

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ポリウレアとは防水・耐久性に優れ、伸びと強度のバランスがとれたコンクリート保護ようの樹脂で、水道関連施設や屋上の防水にも使われる素材とのこと。

さらに、鋼管矢板が撓んだり孕んだりするのをできるだけ抑えるため、矢板の頭を鋼材で繋いだほか、負荷がかかるコーナー部分ではガッチリ頑丈に補強工事が行われた。

コーナー部における鋼材の補強状況 撮影日:2015年11月21日

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遮水壁完成直後から補修に追われなど、あまり褒められた話ではないとは思うが、現場のがんばりは写真や素早い対応から十分に伝わってくる。

とはいえこの対応で万全かといえば、そう思っている人など東京電力で働くエンジニアの中にもいないだろう。想像できなかった状況や、想定はしていても思いのほか影響が大きかったといった事態はしばしば発生するからだ。現場とは本来そういうものだ。だから、発表された資料にあった二番目の一文などは掲載しなければよかったにと同情したくなってくる。

• 鋼管矢板は素材(金属)の特性上たわみは発生するが、鋼管矢板の健全性・遮水性能には影響しない。

引用元:海側遮水壁閉合後の埋立地舗装面等の状況について|東京電力 平成27年11月26日

素材の特性上たわみは発生するものだなどと強弁するくらいなら、あらかじめ対策を打っておけばよかったのにツッコまれるのがオチだろう。まして鋼管矢板の健全性・遮水性能に影響ないなど、サンプルとして鋼管矢板を一品抜いて調べるとか、少なくとも歪みや漏水の検査すら実施せずに公言できるような話ではない。

「天災は忘れた頃にやってくる」の寺田寅彦が深い言葉を残している。

科学は畢竟「経験によって確かめられた臆断」に過ぎない。

引用元:寺田寅彦「ルクレチウスと科学」

およそ100年前の日本を代表する科学者で、物理学や地震科学に足跡を残した寺田は、科学とは何か完全な理論や理屈がすでにあるのではなく、ある現象をあくまでも経験によって臆断(思い定めること)していくものでしかないと喝破しているわけだ。

科学的思考を生業に応用することが技術であるならば、「地下水位上昇に伴い鋼管矢板のたわみが増加し」たのが亀裂の原因という話にしても臆断のひとつである。しかし「健全性・遮水性能には影響しない」と言い張るのは臆断ですらなく、妄念と呼ばざるを得ないシロモノだ。

なにしろ、地下水位が上昇しようとも海面からの水圧もあるのだから、静的状態で矢板の孕み出しが生じることも考えにくい。あるいは地震の際に埋立地などで発生する側方流動(ゆるい地盤が水平方向に大きく変位現象で、液状化現象の一種とされる)と同様のことが、地下水ドレンでの地下水汲み上げや工事車両の通行による振動で起きていないとも限らない。もちろんこれも臆断ではあるが、液状化と同じ現象が地震でなくてもさまざまな振動で生じることは周知の事実だ。

遮水壁の周囲で起きていることは、単に亀裂という現象に見えても、その因果関係は極めて複雑かもしれない。すべての事柄の相関関係を理解する神様のような存在でない限り、いかなる対応を行おうとも「健全性・遮水性能には影響しない」などといった断言をすることは不可能なのだ。

おそらくそんなことは百も承知の上なのかもしれない。それでも安全を断言せねばならない立場に置かれているのだとしたら、東京電力の人たちが気の毒でならない。これから先40年以上もかかる廃炉までの間、ずっとこの調子では廃炉の前に疲弊してしまうのではないか。裃を脱いで、当たり前の話し合いができる環境を整えることがきっと大切なのだろう。