離党した武藤議員に議員辞職はありえない

武藤貴也衆議院議員が自民党に離党届

安全保障関連法案に反対する大学生らによる「自由と民主主義のための学生緊急行動」(SEALDs)のデモについて、「『戦争に行きたくない』という極端な利己的考え」とTwitterで批判していた自由民主党の武藤貴也衆議院議員(滋賀四区)が、自民党を離党した。自民党のホームページでは「議員・役員情報」から武藤議員のページが削除された。

武藤議員の離党の引き金となったのは、8月19日発売の週刊文春の記事。その内容は以下のようなものだった。

値上がり確実な未公開株の「国会議員枠」がある。自分にはお金がないので出資者から資金を集めて秘書口座に入金してほしい。利益が出たら山分けだ。

武藤議員からそのように知人に持ちかけられた知人は、出資者を募って4100万円以上を入金したが、武藤事務所ではその株を買わずに別の借金返済に当てた。出資者は返金を求めているが、700万円の未返済分が残っている。

この記事が事実だとすると詐欺以外の何物でもないどころか、新規公開株の「国会議員枠」などという「政治と経済の闇」の存在を示唆するものでもある。とてつもない大スキャンダルだ。

しかも、武藤議員は自らのFacebookで、週刊文春記事の情報源とされる人物A氏とは現在係争中であるとファイティングポーズはとるものの、事実関係は否定していない。それどころか――

週刊誌の記者さんもA氏とのLINEのやりとりをご覧になっているのであれば、A氏が詐欺としか思えない言い訳を延々と続けている内容をご覧になっているはずなのに、今回の一方的な記事内容に関しては大変驚いています。

引用元:武藤 貴也 | Facebook

要するに「記者さんは問題の部分以外にA氏が信頼に足る人物でないことを示す部分も見ているはず」と、新規公開株を巡る事実関係を間接的に肯定する発言まで行った。

離党届を即日受理した自民党

当然のことながらメディアもネットも離党のニュースを盛んに取り上げている。党執行部や他党の反応まで含めて、疑惑についての説明や、離党ではすまないのではといった追及が繰り広げられる。

しかし、気になるのは武藤議員の離党届提出や、自民党の即日受理が週刊文春発行当日にバタバタと進んだ点だ。

武藤議員はA氏に対して民事提訴をしている上、今後は詐欺罪での刑事告訴も考えていると言う。つまり、身の潔白を主張しているわけだ。

自民党の佐藤国対委員長は19日午前、党として事実関係を調査をする旨発言してる。(テレビ朝日系の報道)

武藤議員は同じく19日午前の時点では、関係者らと相談し、きちんと対応していくとコメントしている。(テレビ朝日系の報道)

ところが19日夕方になって武藤議員は離党届を提出。(日本テレビ系の報道)

離党届が出されたことについて谷垣幹事長が安倍総理に報告すると、安倍総理は「しかたありませんね」と話したという。これはTBS系の報道で、ネットニュースが発信された時間は19日18時23分。

また、20日付のフジテレビ系の報道では、週刊誌報道が出たその日に離党届を受理するのは「異例の対応」と説明されている。

異例の即日受理の損得勘定は

午前中まで、当人は対応を関係者と話し合うと言い、国対委員長も調査するとしていたのが、夕方には離党届を提出し、同じく夕方のうちには安倍総理が「しかたありませんね」発言したわけだから、離党届提出→即日受理というのは、国対委員長よりもさらに上の上層部、おそらく官邸の意向と判断されても仕方あるまい。しかも19日午後の数時間のうちに処分が決定しているのだから、武藤議員が誰かと相談するというよりは、官邸か党首脳からの下命だった公算も高い。

では、武藤議員が離党して得をするのは誰か。議員自身がFacebookで述べているように「平和安全法制が国会で審議されている重要な局面で、個人的なことでこれ以上党に迷惑をかけられない」という面はもちろんあるだろう。国会が紛糾すれば参議院で安保法制の議論が進まないまま60日ルールを取らざるを得なくなる恐れがある。

また、武藤議員の不始末がきっかけになって、証拠物件となりうるハードディスクにドリルで穴をあけた元女性閣僚や、SMバーに行ったのは秘書だということで追及を回避した現官僚など、国会議員や党幹部などのグレーゾーン事象が次々と蒸し返されることにもなりかねない。折しも号泣元県議・野々村竜太郎が在宅起訴されたタイミングでもある。マスコミを抑え込みきれるかどうかも分からない。

しかも「新規公開株の国会議員枠」などという一般国民が怒りを買うこと間違いなしのダークマターのおまけまで付いているのだ。そんな事態になってしまったら審議どころではなくなってしまう。

当人が「これ以上党に迷惑をかけられない」と提出した離党届を受け、即日受理するというのは、野党やマスコミから「問題議員が所属する与党」という形での責任を免れるタイミングだったと見ていいだろう。これから先はあくまでも武藤議員個人の問題で、党、ひいては総理総裁は関係ありませんというスタンス。実際、20日になると、菅官房長官も公明党の上層部も、武藤議員には説明責任があると、まるで池に落ちた犬を叩くかのような勢いだ。

鮮やかにシッポ切りを果たしたように見えるが、果たしてそれだけだろうか。

これまでも繰り返されてきた、「問題のある議員を政権幹部が叱ることで、良識ある政権であることを示す」という戦略のほかにも、事情があるように見えるのだ。

踏ん張りどころの武藤議員。功績大の評価もあるか

これだけの大問題だ。いっそ議員辞職させればいいようにも思うが、辞職はせずに離党だけという対応に、現政権が置かれた苦しい状況が見えてくる。

辞職すれば補欠選挙を行わなければならない。いまや安保法制の議論が地方選挙をも動かすような状況だ。衆議院議員の補選で与党が勝利できる公算は極めて低い。しかも補選とはいえ国政選挙だから、仮に野党の候補者が当選することになると、国民が安保法制を否定したという意味になる。そんな状況では60日ルールを行使することすら非常に困難になるだろう。国民の支持率が文字通り零落する中で安保法制を無理やり通すとなれば、成立と引き換えに内閣総辞職という、お祖父様・岸元総理と同じ選択に追い込まれることになる。長期政権を狙う安倍総理には絶対に避けたい事態だ。だから議員辞職はありえないということになる。

武藤議員が議員辞職しない、あるいは党がさせない理由としてもうひとつ考えられるのは、国会議員を辞職すると不逮捕特権が効かなくなるので武藤議員が逮捕される可能性が出てくることだ。在宅起訴とは違い、逮捕された上での取り調べを受けるとなると、36歳の武藤議員の口からどんな言葉が漏れ出さないとも限らない。あるいは「国会議員枠」よりもさらに重大なダークマターが隠されているのではと勘ぐりたくもなる。

いずれにしろ武藤議員が負けることの許されないリングに立っているのは間違いない。どんなに野党やマスコミから厳しい追及を受けようとも、安保法制の成立までは議員バッジだけは外さない。バッジを守り通すことは、安保法制成立の功績につながる。マイナスをプラスに変えるチャンスだ。離党したいまこそが安倍自民党への忠誠を尽くし、いずれは好待遇でのカンバックを果たすための踏ん張りどころと、武藤議員は考えているのかもしれない。