東京電力は3月31日付で「福島第一原子力発電所 サブドレン・地下水ドレン浄化水の分析結果」という報道配布資料をリリースした。これまでにない新しいリリースだ。資料はペラ1枚。次の内容だ。
資料にはサンプルタンクA、B、E、Fの4つに対して、採取日、採取時間、貯水量、セシウム134、セシウム137、その他ガンマ核種、全ベータ、トリチウムの数値が記されている。
たしかに示されている数値は低い。しかし地下水バイパスと同様に、トリチウム濃度はそこそこの高さで検出されている。
何より驚かされるのは、表の下に細かく並ぶ注釈の文章だ。
「地下水バイパスの『一時貯水タンク』に相当」とは何を意味するのか?
一番下の行にはこう記されている。「サンプルタンクは、排水前のサブドレン・地下水ドレン浄化水を貯水するタンクで地下水バイパスの『一時貯水タンク』に相当」。
つまり、この資料が示しているのは、海に流すことが前提となっているタンクには、すでに約4000トンもの水が蓄えられていて、その水質をチェックしましたということなのだ。数値はご覧のとおりトリチウム以外はND(検出できず)でしたよと。排水する気まんまんといった雰囲気すら感じられる。
ちなみに1月に発表された「サブドレン及び地下水ドレンの運用方針の基本的な考え方(案)」では「一時貯水タンク」と呼ばれていたが、いつの間にか「サンプルタンク」に名称が変更されたらしい。東京電力ではよくあることだ。いずれにしろ、太平洋に排水できるかどうかの最終チェックを行うタンクということに変わりはない。
サブドレン処理水とは何か?
サブドレンとは、原子炉建屋周辺に原発事故以前から設置されていた井戸のこと。東京駅と同じように常に地下水にさらされている原子炉が、浮かび上ががったりしないように、地下水を抜くなどの用途で使用されてきた。当然、高濃度滞留水がたまった建屋地下にきわめて近い場所にある。サブドレンから汲み上げられるのと同様の地下水が、そのまま建屋地下に流れ込んでいることも考えられる、サブドレンから汲み上げられるのはそんな地下水だ。これを処理して、浄化できないトリチウム(三重水素、H-3)以外の放射能を、運用基準以下になるように処理したものが「サブドレン・地下水ドレン浄化水」と呼ばれるものらしい。
高濃度汚染水が溜まった建屋の地下には、1日に400トンの地下水が流れ込み、汚染された水と混ざり合ったり、放射性物質を溶かしこんだりすることで新たな汚染水に変わっている。一方、事故原発の敷地内では処理した水、処理途上の水合わせて16万トンもの汚れた水がタンクに入れて蓄えられている。タンクの増設は進められてはいるが、汚染水の増加を抑制しない限り、タンクは無限に作り続けなければならなくなる。
そこで、昨年5月から始められたのが地下水バイパス。原発建屋がある地盤より高い場所の地下水を井戸で組み上げて、水質を確認した上で海に流すという方法だ。しかし、バイパスで地下水を海に流しても、思うように効果は上がらなかった。(しかも、地下水バイパスの井戸近くで、高濃度の汚染水が流出するという事態も繰り返されている)
そこで、建屋の地下に流入する地下水を、ほぼ直接組み上げて海に捨てようと、にわかに持ち上がってきたのがサブドレン計画。しかしサブドレンには、地表からフォールアウト(死の灰)が流入したりもしているので、さすがにそのまま流すことはできない。汚染された地下水だが、浄化を行った上でなら、地下水バイパスと同様に海に流してもいいだろうということで進められてきた計画だった。
太平洋に排水していいという話になっていたのか?
ところが2月末に非常に大きな出来事が発覚する。海に直結する排水路でセシウム濃度が急上昇(2月19日)。港湾に直結する排水側溝で5,000ベクレルを超える放射能を検出。海に流す(2月22日)。2号機原子炉建屋の大物搬入口屋上部からK排水路に高濃度の汚染水が流出。東電は把握しながら10カ月公表せず(2月24日)。
(それ以外の汚染水流出についての原因も、いまだに発表されていないことを付け加えておく)
10カ月も事実を公表しなかった東電に対して、地元の漁協が態度を硬化させる。漁協は「東電に裏切られた」とサブドレン計画についての協議は凍結のままだ。
ロンドン条約(海洋の汚染を防止することを目的として、陸上発生廃棄物の海洋投棄や、洋上での焼却処分などを規制するための国際条約)に抵触するおそれも指摘されている「汚染の残る水」を海に流すかどうかを、漁業関係者という一部の利害関係者の判断だけに委ねていいとは思えないが、地下水バイパスの時にも、事実上漁協の容認がゴーサインとして扱われた。
漁協の容認があれば海に捨ててもよいという考えに筆者は立たないものの、漁協すらが協議を凍結しているサブドレン計画なのに、東京電力はどうしてこのタイミングで「福島第一原子力発電所 サブドレン・地下水ドレン浄化水の分析結果」を発表したのか。
そもそも問題は、数値が高い低いではなく、東京電力との信頼関係だ。たとえいまの数値が低くても、高い数値が記録された際に運用をどうするのか、しっかり公表されるのかといったことが問題なのだ。
リリースの発表は、地元の市民や県民、国民はおろか漁業関係者との協議すら必要ないという強硬姿勢を示すものなのだろうか。
これがはたして第三者機関?
このリリースには、上記の他にも「通常の感覚では理解できないこと」がある。サンプルタンクはA、B、E、Fの4つで、C、Dは欠番なのか。G以降のタンクがあるのかないのか、いったいどれくらいのタンクがあるのか、一切説明はない。
東京電力が発表するリリースで確認する以外に、国民には知る方法がほとんどないのだから、もっと丁寧な説明があってしかるべきではないか。
それより何より驚くべきは分析を行う外部の第三者機関についてだ。
分析は東京電力と、第三者機関の2カ所で行われているようだが、第三者機関は地下水バイパスで分析を担当していた「公益財団法人 日本分析センター」ではなく、三菱原子燃料株式会社となっている。
三菱原子燃料株式会社の会社概要を確認していただきたい。
この「株式会社」の株主は、加圧水型原子炉メーカーである三菱重工業、三菱系の非鉄金属メーカー三菱マテリアル、フランスの原子炉メーカーで三菱重工と提携しているアレヴァNP、そして三菱商事となっている。
原子力関連の事業を行っている企業が所有する会社であるということだ。
主たる株主である三菱重工は加圧水型原子炉メーカーなので、三菱原子燃料も加圧水型原子炉(PWR)用ウラン燃料の開発・設計、製造等を行っているが、アレヴァ社製造の沸騰水型原子炉(東京電力等が採用している形式)用のウラン燃料の販売、輸送も手がけている。
株式の所有のみならず、事業についての関わりも疑われる会社なのである。
これで第三者機関といえるのか。
あえて信頼を損ねることにメリットがあるのか?
これでは発表されるデータの信頼までもが損なわれかねない。あえてこのような会社に分析を依頼しなくてもよさそうなものだ。まるで東京電力は自ら貶めようとしているようにすら見える。たいへん優秀な社員が揃っているはずなのに、東京電力はどうしてこのような行動をとるのだろうか。信頼を失墜させることが何らかの利益につながるというのか。最大の謎はこれかもしれない。