陸前高田【大石祭り組】虎舞のこころ

大石の集落では虎舞も、夏祭りの「うごく七夕」も震災で途絶えることがなかった。公民館も津波被害を受けたので、虎舞の頭も泥水に浸かった。七夕の山車は流されることこそなかったが、半分の高さまで泥水に浸かった。数年前、七夕の準備をしていた大石の面々から、津波の高さを教えてもらって驚いたのを憶えている。

大石は坂の町だから、公民館よりも少し上からは津波に流されることはなかった。公民館より低い場所はたいへんな被害だった。高台は古いお宅が多いので、住んでいるのも高齢の人が大半だという。祭りを支えてきた若い人たちは、避難したり仮設に入ったりでほとんどが集落を離れてしまった。

あまりにもたくさんの人を津波に奪われた。友人、親戚、家族。後で聞いたら避難場所に指定された公民館のすぐ近くで亡くなった人もあったという。元々の避難場所だった中学から、「まさかここまで津波は来るまい」と避難場所の指定替えに携わった人もいる。

「続けていかなきゃ伝わらないからね」

祭りのリーダーとして虎舞を、七夕を続けてきたSさんはさらっと言う。でも繰り返し何度もそう言った。

「体験」という気持ちで行ってみたのに、「本番でやってもらわないと」という話になってしまう。「大丈夫、3軒も舞えば覚えるから」。そう言われてのぞんだ虎舞本番の朝。前夜祭よりは多くのメンバーが集まってきた。それでもやっぱり少数精鋭。

虎の胴体に入る。前の人の足に合わせて自分の足を動かす。後ろの人の足を踏んだり、前の人のお尻にぶつかったり。「3軒舞えば…」なんてウソじゃんと思いながらも舞わせてもらう。

どう動けばいいのか分からないまま動いているから、やたらと疲れる。汗だくになる。前の人の動きとぴったり合わなくても仕方ない。もちろん全体の流れは意識しなきゃだめだけど、基本は太鼓の音に合わせて足を振り上げて舞えばいいんだと気づいたのは、門付も終盤に入ってからだった。もう、何回舞わせてもらったのか、カウントするのも忘れた後だった。

虎に入らない時は掛け声だ。

「じょいわな、じょいわな、悪魔払ってじょいわな」

これを二回繰り返す。商店で門付する時には二回目が「じょいわな、じょいわな、商売繁盛じょいわな」になる。

それがなかなか声が出ないのだ。人前を気にしているものがあった。地元のこどもたちだって声を出すのがちょっと恥ずかしそうだった。でも、恥ずかしいとかそういうことじゃない。災厄を払い幸せを祈らせてもらうのだから、自分の恥ずかしさなんか関係なんだと気づいた。これもまた門付が最終盤になってからだった。

坂道の多い大石の町。国道を中心にした小さな谷のような地形に笛の音が響き渡る。高い音色が心臓の真ん中をしびれさせる。太鼓が腹に響く。舞いが始まる。

陸前高田・大石の虎舞3

「七夕にも来てくださいよ」。祭り組のたくさんの人に言われた。もちろん!と答える。たまらなくうれしかった。

夏のうごく七夕も、来年の虎舞にも行く。祭りを続けることが大石の伝統を伝えていくこと、つなげていくことなのだから。

今でも、虎舞に参加した時に祭り半纏と虎々の股引の下に着ていた私服を着て、その時に履いていた靴を履いたりすると、自然に足が動き出しそうになる。笛と太鼓の音が聞こえてくる。右足を振り上げたくなる。ぐっと腰をかがめるあの感じがよみがえる。

ひとつ報告があります。

ついに篠笛を買いました。大石で友人になったYさんが「Facebook始めたばかりだから使い方がよく分からなくて」とコメントしながら、何枚も送ってくれた写真と情報を頼りにして、祭囃子が盛んな町の楽器屋さんの和楽器専門の売り場で。Yさんにはこう書いて送りました。

「そんな簡単なものではないと重々承知の上ながら、できるかどうかも分かりませんが、とりあえずは十年後くらいを目標にして、練習してみたいと思っています」

10年後。ほんとうは、できることなら百年でも虎舞に参加させてもらいたい。

陸前高田市・大石地区