[10月24日という日]国連の日

1945年10月24日、国際連合が発足

この日ソ連が国際連合憲章を批准したことで、安保理常任理事国5カ国とその他過半数の批准書が揃い国連憲章が効力を発生。正式に国際連合が発足した。このことを記念して10月24日は「国連の日」に定められている。

当初の加盟国(原加盟国)は以下の51カ国。

アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、ボリビア、ブラジル、ベラルーシ、カナダ、チリ、中国、コロンビア、コスタリカ、キューバ、チェコスロバキア、デンマーク、ドミニカ共和国、エクアドル、エジプト、エルサルバドル、エチオピア、フランス、ギリシャ、グアテマラ、ハイチ、ホンジュラス、インド、イラン、イラク、レバノン、リベリア、ルクセンブルグ、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、ニカラグア、ノルウェー、パナマ、パラグアイ、ペルー、フィリピン、ポーランド、ロシア連邦、サウジアラビア、南アフリカ、シリア、トルコ、ウクライナ、英国、米国、ウルグアイ、ベネズエラ、ユーゴスラビア

歴史の中の10月24日

▼1648年 ウェストファリア条約

世界初の国際法とも称されるウェストファリア条約が、ドイツとフランス・スウェーデンの間で締結され、30年に及んだカトリックとプロテスタントの戦争、三十年戦争が終わった。

名称は条約が結ばれたドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州による。

▼1876年 神風連の乱

明治9年、肥後熊本で明治政府に対する不平士族による反乱、神風連(しんぷうれん)の乱が起こる。廃刀令に反対する士族によって、熊本鎮台司令官宅、熊本県令宅が襲撃され、政府高官である鎮守府司令官、県令が殺害された。

江戸時代、武士階級に支給されてきた家禄の整理を進める秩禄処分や帯刀禁止令(廃刀令)、さらに散髪令といった明治政府が進める制作に反発する不平士族。反乱として最初のもの。これに続いて秋月の乱、萩の乱、そして翌年の西南戦争が勃発する。

神風連の乱については、熊本城公式ホームページに詳しい。

▼1886年 ノルマントン号事件

イギリス船籍の貨客船ノルマントン号が和歌山県沖で座礁沈没した際に、ドレーク船長ほかイギリス人やドイツ人の乗組員は全員救命ボートで脱出し、沿岸の人々に救助されたが、日本人乗客25名が全員船内で死亡したことから、遭難時に外国人船長らが人種差別的扱いにより日本人乗客を見殺しにしたのではないかと国論が沸騰。条約改正への機運が高まった。

折しも自由民権運動が盛り上がりを見せていたこともあり、当時、鹿鳴館外交を進めていた初代外務大臣井上馨は弱腰外交、媚態外交と激しく非難された。

ドレーク船長ははじめ、不平等条約の領事裁判権によって無罪とされていたが、改めて日本政府として殺人罪で告訴、有罪判決を得た。

▼1942年 ガダルカナル島の戦いで第二師団が総攻撃

米豪の連携を妨害するために、南太平洋で最も東側まで伸びた戦線の最先端の島、ガダルカナル島で、小規模な一木支隊、川口支隊による攻撃が米軍に退けられた後(後に兵力の逐次投入と批判されることになる)、正規師団兵力によるガダルカナル島奪回作戦として、第二師団2万人と大量の火砲、戦車が揚陸されることになった。

しかし、米軍の航空有利な情勢で日本はごくわずかの火砲と戦車しか陸揚げすることができず、またジャングルの中では火砲も戦車も移動が困難で、結局歩兵中心で米軍陣地に突撃を繰り返した結果、壊滅的な被害を受けて作戦は注視された。

第二師団は宮城県仙台で組織された師団で、日清・日露の両戦役、満州事変、日中戦争など陸軍が行った主要な戦闘の多くに参加してきた。太平洋戦争ではインドネシア方面で勝利を収めた後、ガダルカナル島の戦いで大きな損害を出した。

ヘンダーソン飛行場

現・ホラニア国際空港。ガダルカナルの戦いの焦点となった

▼1944年 レイテ沖海戦で戦艦武蔵が沈没

駆逐艦「磯風」から撮影された沈みゆく「武蔵」。前甲板の砲塔付近まで波を被っている

commons.wikimedia.org

連合艦隊が動かしうるほぼすべての主力艦を投入し、米軍のフィリピン上陸地点であるレイテ島を目指した海戦の実質2日目、大和級戦艦として「浮沈艦」と呼ばれてきた武蔵が米艦載機による攻撃で沈没する。

空襲は午前10時半頃から断続的に続き、少なくとも爆弾10発以上、魚雷10本以上、生存者による調査では30本以上の魚雷を受け、空襲開始から約9時間後に海に没した。武蔵を攻撃したのは、イントレピッド(現在ニューヨークのハドソン川で博物館として保存されている)、エセックス、フランクリン、エンタープライズなどから発進した爆撃機、雷撃機、ロケット弾を装備した戦闘機などで、日本側は陸上基地からの航空援護を行う計画だったが、武蔵上空を守る航空機は皆無だった。

攻撃を受け、本体から徐々に落伍していく武蔵を援護したのは、重巡洋艦利根の他には島風、浜風、清霜の小集団でしかなく、武蔵は艦隊の「被害担当艦」として集中攻撃を受けて沈んでいった。

▼1945年 ソ連の国際連合憲章批准により条件が満たされ、国際連合が発足

▼1965年 F1メキシコグランプリでホンダが初優勝

ホンダRA272改に乗ったリッチー・ギンサーが初勝利を遂げる。

タミヤ 1/20 グランプリコレクション No.43「Honda RA272 1965 メキシコGP 優勝車」。永遠のあこがれのプラモデル!(タミヤのホームページより)

www.tamiya.com

▼2003年 超音速旅客機コンコルドが全機引退

就航後の石油価格高騰、環境問題、さらに2000年の墜落事故もあって、この日のブリティッシュ・エアウェイズによる営業運行を最後に、世界初で最後の超音速旅客機コンコルドが引退した。

この日が誕生日

◆1862年 ダニエル・スワロフスキー
チェコのガラス製造業者、実業家、スワロフスキーを創業。

◆1901年 松前重義
熊本出身の科学者、工学博士、官僚、政治家(日本社会党衆議院議員)。東海大学の創立者。日ソ交流を進めた。

◆1929年 高松英郎
高知県生まれ、東京育ちの俳優。代表作は「柔道一直線」の鬼車・車周作。2007年逝去

◆1956年 ときたひろこ
東京出身のアニメーション監督・演出家。「タッチ」「陽あたり良好!」「ウルトラニャン」など

この日亡くなった人たち

・1601年 ティコ・ブラーエ
デンマークの占星術師で、精密な天体観測記録を行った天文学者。太陽は地球の周りを回りながら、その周りを惑星が周回するという修正天動説を唱えた。

・1944年 ルイ・ルノー
フランスの実業家で発明家。ルノーの創始者。自動車関係の要素技術の発明の他、砲塔式戦車の嚆矢であるルノー軽戦車の開発も行った。

・1957年 クリスチャン・ディオール
フランスのファッションデザイナー

・2011 北杜夫
東京生まれの小説家、エッセイスト、精神科医。「船乗りクプクプの冒険」「楡家の人びと」「どくとるマンボウ航海記」など著書多数