防波堤からの釣りで人気のムラソイ
ムラソイやタケノコメバル、アイナメといった魚の名前が原発事故後によく聞かれるようになった。いずれもサンプルから高い放射線量が検出されたという、あまりありがたくないニュースでの登場だ。
ニュースでは見かける名前の魚だが、都会の魚屋さんやスーパーの鮮魚コーナーに並ぶことは少ない。名前からその姿が想像できる人は釣り人以外にはそう多くないかもしれない。
8月15日に東京電力が発表した資料で、国が定めた基準値の850倍のセシウムが検出されたとされるムラソイは、メバルやカサゴの仲間。メバルよりも口が大きくて棘が多い魚だ。岩地の浅い海底に定住する魚で、成長すると30センチを超える。防波堤からのルアー釣りでは、ずんぐりむっくりしたスタイルの割に強い引きが楽しめる。テトラポッドの隙間へ餌を垂らす穴釣りでもよく釣れる。
淡白な白身なので、メバルやカサゴと同様に煮付けや塩焼きで美味しい。小さなものはまるごと唐揚げで食べても美味。
市場に出荷されることは少ないが、防波堤から手軽に釣れる魚なので、海辺の町の人たちにとっては馴染みのある魚。お盆休みに帰省してきた孫たちとおじいちゃんが一緒に釣りに行って、釣れた魚をおばあちゃんに料理してもらって食卓を囲む――。そんなふうに食卓を飾る魚だったのだが。
もちろん、事故原発の港湾内だから高い線量だったわけで、港湾の外でサンプリングされた魚からはそれほど高い放射性物質は検出されていない。しかし、ムラソイは国の出荷制限に指定されているので、自分で獲ってきたものでも食べない方が望ましい。港湾外のサンプルでは低線量のものが多いとはいえ、出荷制限が解除されないのは、まだ検出限界以下で安定という状況ではないからだろう。
夏の鰈の王様マコガレイも出荷制限
出荷制限が継続している魚の大半は、メバルやカサゴの仲間のような磯魚やカレイやタラのような底生魚と呼ばれる魚だ。カレイの種類では、最近では夏の白身魚としてヒラメを圧倒するほどの人気を誇るマコガレイも出荷制限が解けていない。
大分県の別府湾に開けた日出(ひじ)町の特産、「城下鰈(しろしたがれい)」は江戸時代から絶品として名高く、毎年将軍に献上されてきた。ブランド魚の先駆けのような存在だが、種類でいうとマコガレイ。
暘谷城(日出城)に面した海底からは真水の泉がこんこんと湧き出していて、その水の清らかさと、海底の湧き出し口に集まるプランクトンや藻類、さらにそれらに集まる小動物を食べることで特別なマコガレイ「城下鰈」に育つと言われる。
してみれば、マコガレイには地下水が湧出する海底を好む性質があるのかもしれない。しかし事故原発港湾内で地下水が湧いて出ているとすれば、そこに放射性物質が含まれていないとも限らない。
海底の泉が好きだからこその高線量だとしたら、原発港湾内のマコガレイはたいへん気の毒なことだと思う。
魚種による生態と汚染度に関連はあるのか?
8月15日の港湾内分のサンプル数は27。そのうち100ベクレル以下だったのは3つのみだった。港湾外の検査ではサンプル数102のうち100ベクレルを超えたのはコモンカスベというエイの仲間の1検体のみ。事故原発の港内での汚染が港外とは比較にならないほどだということが改めて示された結果だった。
左ヒラメの右カレイと言われ、生活環境も似通っているヒラメの放射線量は、マコガレイよりもはるかに少なかった。その理由はどこにあるのか? マコガレイが砂地の底生小動物を餌にしているのに対して、ヒラメは主に小魚を食べる。このことが体型が似ているヒラメとカレイでの放射線量の開きに反映しているのかもしれない。マコガレイと同様に、底生の小動物や甲殻類を食べるムラソイのセシウムが高かったこととも通じるとも言えそうだ。
しかし、港外では高い数値を記録したコモンカスベが港湾内で100ベクレル以下だったことから分かるように、魚種や生息地域と放射線量の因果関係は明瞭ではない。海はつながっているから汚染された魚がどこで漁獲されても不思議ではない、というほどではないかもしれないが、その危険が皆無とは言えない。
魚好きな人が多い福島県の浜通り地方の漁業の復活を祈りたい。しかし同時に、漁獲される魚の安全は絶対に確保してほしい。ふたつの願いは「矛盾」ではないはずだから。
東京電力が15日に発表した「魚介類の核種分析結果」によると、原発港湾内でムラソイが85,000ベクレル、マコガレイが37,900ベクレルなど高い線量を示した(いずれも1キロあたりのセシウム134とセシウム137の合計値)。それぞれ国が定めた100ベクレル以下という基準値の850倍、379倍に相当する。
文●井上良太