十和田湖は、青森県と秋田県にまたがる、周囲約46km、水深約326mの湖であり、国の特別名勝や国立公園などに指定されている景勝地である。
先日、青森県の奥入瀬渓流に行った際に、十和田湖の休屋(やすみや)地区にある宿に泊まった。奥入瀬渓流は十和田湖から流れ出しており、二つの観光地は、奥入瀬・十和田観光として、ひとつのくくりになっている。当初、十和田湖での宿泊は考えていなかったものの、東日本大震災の風評被害で、十和田湖の観光産業が危機的状況にあるという新聞記事を目にして、泊まることにしたのだった。記事によると、十和田湖ではホテルなどの廃業が相次いでいるという。訪れる観光客も、ピーク時の半分以下となっており、これまで2社で共同運航していた湖をめぐる遊覧船も、1社が破産したことにより、今年、運航便数が半減しているという。そして、先日もまた、老舗ホテルが破産したと新聞で報じられていた。
宿の仲居さんに聞いてみた
奥入瀬渓流の散策を楽しんだ後、宿のチェックインを済ませて、休屋地区の中心地である遊覧船の発着場所付近に行ってみた。そして、そこで見た光景に衝撃を受ける。休屋地区について「廃墟の街」と伝えていた新聞記事があったのだが、大げさな表現とは思えず、記事の話が現実であることを実感する。
その日の夜は、宿で夕食を取った。仲居さんが食事を持ってきてくれた時、聞いていいものか少し迷いがあったものの、
「最近、観光客の人数はどうですか?」
と単刀直入に尋ねてみた。仲居さんは、気さくさと朗らかさを感じさせる方で、
「今日は平日で、特別少ない方です。ただ、休日でも昔と比べると少なくなりましたよ。以前はたくさんの方が来てくれたんですけどねえ」と教えてくれた。
仕事の邪魔になるのではないかとも思ったが、ほかの客が、ほとんどいなかったので、悪いとは思いつつ、続けて聞いてみた。
「十和田湖も震災の風評被害で、観光客が減ったと聞いたのですが・・・」
「はい。震災の年は、お客さんがほとんど来なくなって、ほんとうに大変でした。今年に入って、やっと人が戻ってきたものの、それでも、やはりピークと比べると寂しいですね。」と言った後に、
「遊覧観光船の発着場付近はご覧になられました?」と逆に聞かれた。私は、休屋地区のメインストリートで見た情景を思い浮かべながら、
「ええ」と答えた。
「十和田湖では、ホテルなど、どんどん廃業してるんですよ。先日、宿泊されたお客様にも、『以前、来た時は賑やかだったのに、今はシャッターがしまり、通りもがらがらになっているね。寂しいねえ』って、言われたんですよ。その方は、昔、十和田湖に来られたことがあるお客さまだったようです。」と、トーンの下がった声でいった。
その後も、仲居さんは十和田観光の現状を教えてくれた。それによると、昔と比べて客層が変わってきており、今は、海外からのお客さんが増えているという。今週も台湾からの団体予約が入っているとのことだった。大勢のお客さんが、来ることを話している時の仲居さんの声は、少しトーンが上がったように感じられた。私は、話題を変えようと思い、
「今日、初めて十和田湖に来たのですが、発荷峠(はっかとうげ)から最初に湖を見たときは、湖と新緑の美しさに驚きました。奥入瀬渓流も歩いてみたのですが、ほんとうに素敵な場所ですよね。なぜ観光客が減っているのか、不思議なくらいです」と、その日、一日を通して感じていたことを口にすると、仲居さんは、満面の笑顔で、
「わたしも旅行が好きでいろいろな場所に行くんですよ。湖にも行きますが、たどり着くまでに、十和田湖ほど綺麗で楽しめる場所は他にないですよ」
と言って、さらに十和田湖と奥入瀬の魅力を話してくれた。仲居さんは、いまの季節の十和田湖・奥入瀬が一番すきだという。
「秋の紅葉も本当に綺麗なんですけど、寂しくなってしまうこともあるんですよ。それに比べて、新緑の季節は木々から元気をもらえて、『やるぞっ』という気持ちが湧き上がってくるんです」と、はじけそうな笑顔で言った。
きっと、秋の紅葉も初夏と同様に素晴らしいのだろう。しかし、この地に住む仲居さんには、気候の良い季節にだけ訪れる旅行者にはわからない、美しい紅葉の後にやってくる冬の厳しさも見えているのかもしれない。
次の日の朝
翌日は、十和田湖から直接、八戸へ向かうつもりだった。
しかし、早めに起きて出発準備を終えると、再び奥入瀬渓流へと向かった。前日、奥入瀬渓谷のハイライトと言える「飛金の流れ」から「石ヶ戸の瀬」の区間を歩いた時、日が傾き始めていたので、もう一度、同区間を見たいと思ったのだ。
渓流沿いを走る道路の路肩には、ところどころに少し開けたスペースがあり、そこに車を停めて付近を歩いた。前の日とは違い、太陽の強い光を浴びた渓流と木々は、輝きを増しており、生き生きとしていた。私は、再び奥入瀬の魅力に虜にされてしまい、結局、八戸に向かって出発したのは、10時半過ぎになってしまった。
変わらない奥入瀬渓谷と十和田湖
奥入瀬を後にしようと、改めて渓流と木々を見た時、仲居さんの言葉を思いだした。
「十和田湖や奥入瀬は、昔と変わらず、こんなに美しいんですけどねえ・・・」
私は、昔の奥入瀬をしらない。しかし、現在の十和田・奥入瀬は自分の目でみることができた。誰でも気軽に自然の豊かさと、美しさを感じることができる奥入瀬のような場所は、そうそうないと思う。
私は鈍感なせいか、ちまたでよく騒がれているパワースポットなるところを訪れても、あまりその力を感じることができない、しかし、奥入瀬の渓流と十和田湖の新緑の中に身を置くと、「元気がもらえる」と言っていた仲居さんの話がわかるような気がする。
十和田湖と奥入瀬渓流がもたらしてくれる元気が、湖畔の休屋地区にも届いてほしい。そう願いながら、清々しい気分で奥入瀬を後にした。
十和田湖・休屋
Text & Photo:sKenji