[防潮堤問題]東北の叫び:全国のみなさん、これが被災地の現実です

ビーチ再生や行方不明者の海中捜索、震災を経験したこどもたちの支援活動などエネルギッシュに進める勝又三成さんからの情報を元に書いた昨日の記事。

「これじゃ防潮堤の問題の根深さがいまいち伝わらないな」とアドバイスしてくれる人がいた。たしかに情緒に訴えすぎだし、たとえ関心を持ってくれる人がいたとしても、関心を持ち続けてくれるかどうか――。

そんなことを考えていたら、勝又さんがFBにこんな記事をシェアしていた。彼の言葉ごと引用させて頂きます。

全国のみなさん

これが被災地の現実です。

長い文ですが読んで下さい。

今何を訴えるべきか
地方のみなさんも この文を読み考えて下さい。

引用元:勝又三成さん - 全国のみなさんこれが被災地の現実です。長い文ですが読んで下さい... | Facebook

勝又さんが「読んで下さい」とシェアしていたのは、昨年9月6日に毎日新聞に掲載された特集記事。

記事のタイトルや見出しを書きだしてみる。

【タイトル】
高台移転でも建設計画止まらず
守るものなき巨大防潮堤

◇ 本当は砂浜を残したい。でも、県が土地を買ってくれる地権者もいる…

◇ 建設・維持管理費がかさむ軟弱地盤 内陸移動求める声も

◇ 国費で大盤振る舞い 自民党の政権復帰で反対の声上げにくく

そこで起きたこと、その現実は……

この特集で取り上げられたのは気仙沼市の南端に位置する小泉地区。最大20メートルの津波に襲われ、住民の7割が家を失ったこの地区では、宮城県で最大となる14.7メートルの防潮堤が計画されている。

しかし、地域の住民は結束して高台への移転事業を進めている。住民が移転すれば巨大防潮堤は守るべきものはない。高台移転も防潮堤も防災事業だから、防潮堤は完全な二重投資。無駄な公共工事になってしまう。

それでも反対運動が起きなかったのにはこんな理由がある。

記事が書かれた頃には防潮堤の建設用地の地権者の7割が売却に合意していた。地盤沈下で使えなくなった農地の持ち主も多い。土地を売って生活再建にあてようという人も少なくなかっただろう。防波堤に反対することは知人や隣人の土地売却を邪魔することにつながる。同じ小学校、中学校に通い、地域のつながり強い土地柄だから、防潮堤反対の声があげにくかったのは想像に難くない。

「私たちは高台移転に必死なんです。防潮堤で行政と対立して移転までダメにしたくない。地権者も行政も悪くない。地区のほぼ全員が被災して同じ避難所から地域の将来を考えてきたのに、なぜか無駄な防潮堤ができてしまう。これが被災地の現実です」

引用元:特集ワイド:続報真相 高台移転でも建設計画止まらず 守るものなき巨大防潮堤 | 毎日新聞

「同じ避難所」という言葉が出てくる。震災直後、住む家を失った地域の人たちが、段ボールで作られたしきりがあればいい方という環境で、雪降る3月から真夏まで共同生活を行った場所。当時はまだテレビカメラが撮影したニュース映像が今よりははるかにたくさん流されていたから、ほとんどの方が覚えているだろう。

あの時、避難所にいた人たちの多くは、家を失い生きて行くための生業をもなくした方がただった。言うまでもなく、あまりにもたくさんの命をも。

あの場所、「同じ避難所」が、絶望的な状況から地区の全員が立ち上がるスタートラインだった。

時間の経過とともに明らかになっていく現実

津波によってえぐられた海岸の砂地にも、いまでは砂が戻ってきた。海辺の湿地には多様な生物の姿も見られるという。砂浜を残すため、防潮堤を内陸に後退させれば、砂浜を残すことができるし、海抜が上がるから防潮堤を低くすることもできる。

防潮堤はその高さに注目が集まるが、小泉地区に計画されている防潮堤は底幅が100メートルもある。砂浜を完全に消滅させてしまう巨大建造物だ。防潮堤を内陸に後退させて構造物を低く小さくすることができれば、比例して底幅も狭くすることもできる。

まして、計画されている予定地は軟弱地盤で工事費用がかさむことも予想されている。

そんな前提に立って、もう一度読んでほしい。「長須賀海岸の砂浜を守る有志の会」の設立趣意書

計画が進められている巨大防潮堤は、岩手・宮城・福島の3県で総延長370キロ。毎日新聞が伝えた小泉地区も、勝又さんたちが関わってきた長須賀海岸もその総延長の中に含まれる。

リアス式海岸で小さな入り江が多い東北には、海沿いに小規模な集落が数多い。「浜」と呼ばれてきたコミュニティでは、それぞれの環境に合わせた生活文化が受け継がれてきた。そしてそのほとんどが、今回の巨大津波で大きな被害を受けた。

家を流された人たちの中には、失った家と新たに建てる家の二重ローンを抱えることになる人も多い。進んでいた人口流出が震災でさらに深刻化し、限界集落に近づいている浜もある。

それぞれの浜が、それぞれに抱える具体的な課題を持ち寄って、みんなで話し合っていかなければ、糸口にたどり着けないだろう。

毎日新聞の記事と併せて読むと、昨日紹介した「長須賀海岸の砂浜を守る有志の会」の設立趣意書に記されていた言葉の意味が際立ってくる。

・行政の復興計画に対する反対運動でもなければ、決して地域の復旧・復興活動を遅らせるものではありません

・行政と住民が納得いくまで話し合い、自然を活かしたまちづくりを目指している

・時間や予算という制約の中で、一方的に納得させられるのでなく、幅広い年代の住民による参加のもと、多角的な視点より議論をし、共に考えていくことに意味がある

・復旧・復興は、まちづくり・産業・雇用・観光・教育等、総合的に考えていくべき問題だと考えております

もう一度、「長須賀海岸の砂浜を守る有志の会」のページを読み返していただきたい。その言葉からにじみ出るものを感じてほしい。

復興を遅らせたいとは思っていない。しかし自然を生かしたまちづくりを実現するためには、幅広い年代の住民(ここには年代のみならず、さまざまな立場のという意味も込められているのでしょう)による参加のもと、行政と住民が納得いくまで話し合う必要がある――。そんな想いが溢れている。そこには苦渋という表現が当てはまるような苦しさもある。防潮堤の問題だけでみても、総延長370キロという延々たる浜辺のそれぞれに、長須賀海岸と同じ問題があるということなのです。小さな浜のそれぞれから挙げられる声が増えてきました。政府や行政の姿勢も変化しつつあるようです。

勝又さんは言いました。

「今何を訴えるべきか」

これは皆さんの問題です。

長須賀海岸。壊れたまま海中に残された垂直堤防(2012年10月)

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文●井上良太