【遺構と記憶】田老の防潮堤、1年という時間

問題:どっちがどっち?

田老の防潮堤に1年ぶりに登った。下の2枚の写真のどちらが新しいか分かりますか?

てっぺんばかりではない。防潮堤の周辺は時間経過を感じられない光景ばかり。知らないうちにタイムマシンに乗っていたのかなんて思ってしまうほど。

船の位置までほぼ同じ。外された鉄扉が置かれた場所も変化なし。

立ち位置が少し違うけど遠くの町並みも変わることなく。

最も激しく壊された野原地区の防潮堤。通路だけのブロックに鉄扉が残る。

ちょっと角度が違うが、同じく野原地区の防潮堤。

被災地では復興が進んでいるという間違ったイメージは捨てなければならない。もちろん変化はあるだろう。しかし、必ずしもいい方向への変化ばかりではない。時間の経過とともに追いつめられていくという状況もたくさんあるそうだ。

解答:これは難問でしたね

「間違いさがし」に使えるくらいそっくりそのままの防潮堤の上。2013年の年末に撮影したのは上の写真。下は2012年10月のもの。

見分けるポイントはただひとつ。写真の奥に見えている防潮堤(X型の防潮堤の内側にあたり、最初に建設されたもの)のてっぺんに、砦のような突起があるかないかだけ。

上の写真では突起部分が撤去されている。堤防のてっぺんの一部を破壊して、パラペットと呼ばれる手すり壁をかさ上げする工事が進められているのだ。

手すり壁増設工事が始まった田老の堤防。角を削り取って壁を追加するらしい。左のL型金物は工事用足場のフレーム

最も古い防潮堤は津波に越えられはしたものの、ほぼ原形を留めている。それをわざわざ斫って(はつる:削り取る。土木現場ではコンクリートや石材を穿つ意味で使う場合もある)、差筋(さしきん:既存のコンクリートに穴をあけ鉄筋を差し込むこと。もちろん最初から鉄筋コンクリートとして造るものよりはるかに強度は劣る)で本体とつなぐ形で小さな壁状の構造物を追加するわけだ。工事を見守る地元の人たちの間にも不安視する声がある。

ささやかでもいいから、未来につながる明るい兆しを見つけたい。田老の防潮堤にのぼって切実に思った。

田老でまなぶ「学ぶ防災」

田老の町の国道沿いに「学ぶ防災」と記されたのぼりが立てられている。

まなぶ防災は、震災で甚大な被害を出してしまった田老地区の現状を、防潮堤やたろう観光ホテルを訪ねて学ぶミニツアー。宮古にお越しの際はぜひご参加を!

震災遺構として残されることになった「たろう観光ホテル」

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写真と文●井上良太