ガレキと呼ばないで(2013年4月19日・楢葉町木戸-3)

貨車から消防自動車のところまでの途中で、見慣れないものに出会いました。

海も近いので、最初は漁船の燃料をためるタンクかと思いました。

でも缶の内部が白く塗装されています。近くで見るとホウロウ引きされているようにも見えます。食べ物を入れるものだったのでしょうか?

次に思いついたのは、牧畜の餌をためるサイロ。

周囲の農地が津波で激しく掘り起こされて荒地のようになっていたので、田んぼではなくて、牧草地だったのではとちょっと勘違いしてしまったのです。

もちろんサイロなんかではありません。

缶には底があるし、液体を出し入れするのに使うようなバルブもあります。

それに、とにかく数が多いのです。

缶の大きさは何種類かあるようでしたが、大きなものは人の背丈くらいある大きなものです。それが荒地のようになった農地のあちこちに点々と放置されているのです。

放置というと語弊があるように感じます。でも、落ちていると表現しても、転がっていると言っても、やはり違和感があります。元あった場所から津波によって流されて、いまはその場所に落ち着いている。そう説明するほかない、巨大な缶。

元はどこにあって、どんな使われ方をしていたのか、近所の人に聞こうにもこの日は誰の姿も見かけませんでした。

後で調べてみたところ、たくさんの缶が流れついていた場所の近くには、かつて日本酒の造り酒屋があったようです。その造り酒屋で仕込み用に使われていた酒樽だったのは間違いないでしょう。すでに廃業しているとのことですが、造らていたお酒の名は「馥郁(ふくいく)」。

いい名前です。きっと浜通りの海の幸によく会う香り豊かなお酒だったことでしょう。

廃業の理由が被災のせいなのかどうかはネットでは探しきれませんでした。

こんど福島に行ったら、久之浜・浜風商店街のてんぐやさんにたずねてみますね。地元の酒屋さんに聞けば、きっといろいろなこと、教えてもらえると思いますから。

田んぼの中を運ばれていって、いまある場所に流れ着いた酒樽の缶。もう二度と馥郁たるお酒を入れることはないかもしれませんが、なつかしい古里の土と草の中でお休みください。

この地を離れるその日まで。

その日まで、この地においしい造り酒屋があったことを示す、ほかに二つとない形見として。

楢葉町

木戸駅付近

●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)