人は高さに欺かれる生き物です。残念ながら。
青森県の酸ヶ湯で積雪の国内記録が更新されたというニュースが流されていました。積雪量が毎日のように更新されて、ついに5メートル66センチに達したとか、ポールの先に設置された観測装置が雪に埋もれる恐れがあるから、観測機の場所を高くする作業を行っているなど。
この積雪の高さは二階建ての家の屋根の高さに相当するそうです。
水芭蕉で有名な尾瀬ヶ原にも、たぶん気象庁によるものではありませんが、積雪深を示すポールが立てられています。尾瀬も雪が深い場所で、4メートルとか5メートルの積雪を記録する場所です。雪のない夏のシーズンにそのポールを見上げて、想像以上の高さに驚いたことがあります。
自然の猛威を高さで示すものが石巻市にもあります。今日も多くの人たちが訪れる「がんばろう!石巻」の看板の隣、昨年設置された津波到達高を示すポールです。看板が設置されている場所の近くにあったガソリンスタンドの壁に残されていた津波の痕跡を、看板を設置した人が実際に測定した結果が示されているのだそうです。
「がんばろう!石巻」の看板は有名ですが、この場所が果たしてどれくらいの高さの津波に襲われたのか、看板の近くまで来た人に見上げて実感してもらおうと設置されたものなのでしょう。その高さは、想像以上に高いのです。
6メートル90センチと言われて、その高さを想像できますか。離れた場所から撮影すると、人の背丈と比べることで、どれだけ高いのかが実感できるでしょう。しかし地面に立って生活している人間は、縦方向の高さに対する感覚が鈍感です。数字で言われても実感することは難しいかもしれません。まして、今回の巨大津波で押し寄せた津波の最高遡上高が40メートル近くだったなんて言われると、数メートルの津波が「大きくない津波」に思えてしまうかもしれません。
しかし、真っ青な空にそびえる津波遡上高を示すポールを見上げれば、誰もがきっと思うことでしょう。「もしその時、その場所にいたら」。
この写真、何だかわかりますか?道路から草が生えているように飛び出した針金の束。この針金は電柱の中に入れられていた鉄筋です。鉄筋を入れたコンクリート製の電柱が引きちぎられ、コンクリートが削ぎ取られて、鉄筋だけが残されているのです。その時、どれほど大きな力が電柱に掛かったのか想像してください。
この写真は「がんばろう!石巻」の看板のすぐ近くで撮影したものです。同じような光景は、いまでも被災地のたくさんの場所で見つけることができます。
積雪高5メートル超は高いです。びっくりするほどです。実測された津波高6メートル90センチは想像をはるかに超える高さです。そして大津波に襲われた時、人間は「わずか50センチ」の高さの津波でも立っていられなくなります。しかも津波は、ただの水の流れではなく、海の中の岩、消波ブロック、船、自動車、電柱、そして家やビルなど、さまざまなものと一緒に押し寄せてくるものなのです。
高さに鈍感な生物である私たち人間は、何度も繰り返し、津波高に対して知性や理性や想像力、そして真摯に恐れる気持ちを総動員して、思い出し続けなけれなりません。高さに鈍感で、忘れっぽくて、自分に都合のいいように考えがちな生き物だということを、自戒をこめて、語り継いでいかなければなりません。
当たり前のことを申し上げます。
あなたを避けて通り過ぎていく津波はありません。巨大地震はあなただけを除外して被害を及ぼすものではありません。
●TEXT+PHOTO:井上良太(株式会社ジェーピーツーワン)