西表島の宿で長期的に働いていたことがあった。多忙を極めたGWを乗り越え、ほぼまる1ヶ月休みなしで働いた僕は、まとめて3日の連休をもらうことになった。西表島から石垣島へ渡った僕は、そのまま黒島を訪れることに決めた。
自転車で
石垣島から、約30分。八重山諸島・黒島を訪れた僕は、早速自転車で島をまわってみることにした。標高15mの黒島は八重山諸島の中でも特に平坦な島。島の雰囲気を肌で味わうなら自転車がもってこいなのだ。 宿泊先のみやき荘では自転車を無料で貸してくれる。貧乏旅行の僕にとって、これはありがたいサービスである。さっそく自転車にまたがり、出発しようとしたそのとき、
ガサササッ!ガササササッ!!
「―――――!!」
何だかなめらかな、それでいて固く、しかも動いている。よく見ると、自転車のハンドル部分にカブトムシがしがみついているではないか!僕はそれに気づかずハンドルを握ろうとしてしまい、不意を突かれたカブトムシが慌てふためいていた。
島の車道で
黒島は比較的観光地化が進んでおらず、八重山諸島のなかでは群を抜いてのどかな島である。それでいて自転車は快適に進むものだから、爽やかに風を切るような気分になり、これがまたたまらない。島の小さな道路を除けばあとは集落か牧場かといった具合で、黒島名物の牛の放牧や、クジャクの合唱が楽しめたりするのだ。
ところが、僕が機嫌よく自転車を進めていると、時折、ペチッ、ペチッと何かがぶつかるのだ。何事かと思いつつ、黒島港線をしばらく走ると、低い黒島にあって八重山諸島を見わたせる黒島展望台が見えてくる。僕は眺望に優れたこの場所を休憩地に選んだ。
石垣島から持ちこんだおにぎりを食べていると、僕の肩の上から何かが落ちた。その“何か”は、僕が今まさに食べようとしていた白米の上に頭から突っ込み、じたばたしていらっしゃる。カナブンである。どうやらさっきからぶつかっていたのはカナブンらしい。何故って、改めて服を見ると、さらに2匹、カナブンが僕にしがみついていたのだ。
宿の廊下で
みやき荘に戻ると、なんだか様子が穏やかじゃない。宿の廊下では、同じく客のお姉さんが部屋の前でたたずんでいた。ふだんは同じ客同士、声を掛けたりすることはないのだが、どうも困惑している様子だったので、思わず声を掛けてしまった。
「どうしたんですか?」
「あっ、すみません。ちょっと・・・。」
困り顔のお姉さん。なんだか怖がっているようにも見えた。僕もお姉さんの視線の先に目をやると納得した。そこにはゴキブリがいたのだ。
ゴキブリと言っても、八重山諸島のゴキブリらしくずんぐりと太っており、人間2人を目の前にしても特に動じる様子がない。それがお姉さんの部屋の門番かのように座っているのだから貫録すら感じてしまう。
―――しまった。声を掛けなきゃよかった。
同じくゴキブリが苦手な僕は一瞬後悔してしまったが、困っているお姉さんの手前逃げるわけにもいかず、覚悟を決めてつまみ出すことにした。都合よく近くに置いてあったホウキとチリトリでゴキブリに近づく。が、
「うわぁっ!」
殺気を感じたのだろうか、太ったゴキブリが飛びかかってきた!僕とお姉さんはとっさに避けたが、ゴキブリは何かのネジが外れたらしく、縦横無尽に飛び続ける。しばらく小競り合いが続いた挙句、壁にぶつかって弱ったゴキブリをとっさにチリトリへ乗せ、僕はそのまま窓から放り投げた。ふーー。
宿の庭で
食事を終えると、夜はそのまま庭でゆんたくが始まった。八重山名物の泡盛「八重仙」を飲みつつ、常連客と思しきおじさんが人生訓を語りだす。しばらく談笑していたが、僕はかなり酒が弱いので、酔いを醒ますために席を離れた。
夜風のあたるベンチで寝転がると、見上げた空には星がめちゃくちゃ綺麗に煌めいている。思わず見とれてしまった。黒島は観光地化が進んでいないと言われているが、そのぶん、島ののどかな雰囲気は、他のどの島よりも素晴らしい。僕はすっかり黒島に惚れてしまったようだ。
しばらく星空に見とれていると、耳元でプーンと音が鳴る。おそらく蚊かなにかだろう。カブトムシ、カナブン、ゴキブリ・・・、そう言えば今日はいろんな虫と関わった。
「僕が、黒島を好きになったように、黒島の虫たちは僕のことが好きなのかもしれない。」
そんな冗談をふと考えると、なんだか気分が大らかになった。いいよいいよ、この星空に比べたら、別に蚊くらい。どうってことないさ。
「いや、よくねぇよ。」
蚊に求愛されて30分ほどしたころ、腕をかきむしりながら僕は後悔した。