市の歴史を知るためのパンフレット

先日図書館である観光用パンフレットを見かけました。発行したてなのか、他のものよりも上に積まれた状態。思わず手に取りました。

よく見るとそれは、「平和を考える-戦争の歴史をたどるMAP」と書かれていました。富士市内における戦時中の地下壕、戦没者の慰霊碑、長崎にある「被爆クスノキ」の苗木を植えた大きな木など戦争に関連した史跡を中心にそれぞれの場所や詳細がまとめられています。

「米の宮公園に植えられた被爆二世クスノキとアオギリ」
公園の一角に2本のクスノキが植えられています。「親木」は長崎にある「被爆クスノキ」です。平成11年、富士商工会議所の関係者が長崎を訪問し、「被爆クスノキ」の種から発芽した苗木を富士市に持ち帰りました。この苗木を平成13年8月9日「長崎原爆の日」に植樹しました。

引用元:平和を考える-戦争の歴史をたどるMAP

※長崎の爆心地から2km以内の範囲で被爆し、再び芽吹いた木を被爆樹木とよび、このうちの1つ(神社の楠)が被爆クスノキです。

中桁地区の鳥居跡

マップ上で紹介されているのは計10箇所。市内の一部ではなく東西南北様々な場所に点在していることから被害や関わった人々など影響した範囲の大きさがわかります。そのうちの一ヵ所へ実際に行ってみました。

場所は市内の北部。大通りから少し外れて、閑静な住宅街という立地にぽつんとあるその地域の公会堂の敷地内にあります。一見普通の花壇に見えますが、よく見ると不自然な状態の石材が…。

これは戦時中に全国各都市で被害を受けた空襲(1944年11月から開始)の跡です。サイパン、グアムといった島々に建設された米軍飛行場から富士山を目印に東西に広がり実施された空襲。目的地に向かうための経路にちょうど当たったのが富士地区(現在の富士市)とされています。

静岡県内では、隣の沼津、清水(現在は静岡市)、静岡、浜松。特に大きな被害を受けたこの4都市で起きた事が語られ、実際これまでにも目にする機会があったのですが、それ以外の市町村でも空襲の被害、数多くの警報が発令されていたとのこと。

富士市もその対象であり、一部の地区は被害に遭いました。写真の場所は元々中桁(なかげた)という地区にあった神社の鳥居だったのですが、残されているのは根元のみです。当事、周辺の民家は一瞬のうち潰れてしまうほどの爆風が吹き荒れました。原形がわからないほどの鳥居の跡は衝撃的です。

この時期に発行された意味とは?

このパンフレットの事を調べてみると、どうやら今年の11月に発行されたようです。富士市が核兵器廃絶平和都市を宣言し(昭和60年11月19日)、今年で35周年になったことを記念して作られたのだそうです。

なお、富士市では毎年8月に開催される戦争関連の展示イベントが今年は新型コロナウイルスの影響で中止になったという経緯があります。毎年夏になると戦争を伝えることが今年は出来なくってしまいました。人が集まることが難しいのであれば他の伝え方を考える必要があると思います。その点では市内各地の施設で手に取れる冊子が有効なのかもしれないですし、もしかしたら、もっと効果的な方法があるのかもしれません。

今回、たまたま通りかかってこの活動(冊子)を知った身ですが、来年の活動についても、注目していきたいと思いました。