陸前高田の地元スーパー、マイヤ竹駒店が閉店した。
かさ上げされた土地につくられる新しい中心商店街アバッセのキーテナントとして入居することになったからだ。店内には「閉店→アバッセたかた内へ4月27日オープン」と誇らしげに貼り出されていた。
最終日に閉店セールが行われることは、ずいぶん前から話題になっていた。「私はセールには行かないわ。だって、人が人でないような大変な商品争奪戦になるのは見えているから」そんなことを言う人がいるくらいだった。
しかし、閉店の前日には生鮮品を除くほとんどの商品棚が空っぽだった。
とくに、お菓子と冷凍食品、そしてお酒の棚はほぼ商品ゼロ。前日だからまだセールにはなっていないのに、まるで開店前の店舗のような有様だった。
もう5年も前のこと、初めて陸前高田に向かうとき気仙沼で「高田の町には何もない。竹駒まで行けば仮設商店街やスーパーがある」と教えられ向かったのがこの場所だった。このときマイヤはまだ仮設店舗での営業だった。
商店街があるというし、栃ヶ沢の坂道を越えた先だからと訪ねたこの場所に立って呆然としたのを覚えている。ここは津波被災地だった。津波は気仙川を遡上してこの町を襲っていた。
それでも、海から離れているロケーションゆえか、竹駒には新しい店舗が続々オープンした。スーパーマーケットマイヤも仮設店舗の隣に本設店舗を建てた。マイヤだった仮設店舗はドラッグストアの薬王堂になった。コンビニが4軒、食べ物屋が(数え方にもよるが少なくとも)7軒、産直が4軒、携帯ショップが3軒(曜日限定の開店含む)、ホームセンターとドラッグストアが2軒ずつ、100円ショップや郵便局もある陸前高田の新しい中心街といった様相だった。
マイヤは本設だし、近所には店も多くて便利だからと、竹駒の高台では住宅建設が進んだ。しかし、高田の中心市街地のオープンで、竹駒にあった店舗の多くが中心市街地に移転することになった。
未来商店街にあるお店の多くも移転する。「竹駒は寂しくなるね」と人は言う。
閉店当日の午前中は、マイヤ竹駒店からクルマで10分くらいの仮設住宅でお茶っこに参加していたのだが、そこでもマイヤのセールは話題になった。行ってももう何もないよと、スマホで撮った写真を見せると、みんな「うぉぉ」と声にもならない声を発した。
「セール前に商品が無くなったのは、きっと近所の人が買い込んだんだろうね。不便になるからね。クルマで買い物に行けない人にとってはとくにね」
それがお茶会の場に居合わせた人たちの見解だった。
先日、支援活動で東京から頻繁にやってくる人に、中心市街地の交通の便のこと、竹駒地域のことを話したら、「だって、いまでもクルマで買い物する人がほとんどなんだから、関係ないでしょ」と言われた。
わたしの知る限り、地元の人でそんなことを言う人はいない。竹駒に果たして何軒お店が残るか、そんな話題はしょっちゅう耳にするのだけれど。