自治会の運営で利用ができるようになったばかりの県営栃ヶ沢アパート(岩手県陸前高田市)。その事務室のホワイトボードに、「3月30日、ひな祭りお茶会」と予定が書き込まれていた。朝のラジオ体操の後には、お茶道具を運ぶから手伝ってねという呼びかけもあった。
お茶会の先生役の方が知り合いだったから、参加してもいいですかと尋ねると、ぜひどうぞとの返事。茶道具を運んだり準備したりというところからお手伝いしようと、お茶会前日、約束の時間に集会所に行ってみると、数名の住民さんの手で茶道具はすでに運び込まれていた。
「茶道なんて経験したこともないのよ」と手伝いに来ていた住民さんは口を揃える。それでも、ご高齢で、震災後もさまざまな機会にお茶会を開催してきた茶道の先生をお手伝いしたいと何人もの人が集まってくる。そのこと自体、おひな様にも負けないくらい素敵な光景だった。
「今回はね、おひな様に合わせて少しでも多くの人に参加してほしいの。津波に流されなかった手作りのおひな様を飾って、お茶をふるまって、みなさんでおしゃべりしていってくれたらいいなって、ね」
昭和5年生まれの先生が笑顔で語る。集まってきた人たちは、茶器を箱から出したり、おひな様の飾り付けを手伝ったりしながらも、時々手を止めずにはいられない。「すてきなお茶碗ね」とか「先生がつくったおひな様、奇麗ねえ」とため息をもらし、語り合ったり。お茶会の準備は少しずつ少しずつ進んでいく。
美しいおひな様の前でお茶をいただくなんて、被災から6年、想像したこともなかったのだろう、お手伝いしている人たちの期待も盛り上がり、おしゃべりに花が咲く。
「うちのおひな様も流されたからねえ」
「うちは孫に買ったばかりだったのよ」
「こんなにきれいなおひな様を見ながらお茶をいただけるんだから、明日は着飾って来なくちゃね」
「そうね、赤いべべでも着てこなきゃね」
「あーいやだー、きれいな服なんて全部流されてしまったよ」
「赤いべべも流されて、もうないなあ」
ひな祭りお茶会の準備は、そんな風にゆっくりと時間をかけて進んでいった。言葉の端々に、参加した住民産たちが置かれている実情をにじませながら。
3月30日は旧暦のひな祭り。当日が楽しみだ。