赤皿貝という名の極上の美味

アカザラガイという食材を知ったのは、まだ関東近郊に暮らしていた頃のことだった。お昼のNHKテレビに地域の特産や風物を紹介する番組があって、その中でその貝が紹介されていた。

平日の昼日中のテレビ番組だから、祝日のことだったのかもしれない。仕事を休んだ時のことかもしれない。病欠かズル休みかした時のことだったのかもしれない。震災の前のことだか、後だったのかすら覚えていない。確かなのは、勤め人にとって滅多に見ることのできない朝ドラの再放送を見ようと思ってチャンネルをNHK総合に合わせ、その前番組の後半の一部でこの貝の存在を知ったということだけだ。

東北に行き来するようになって、その幻の貝のことを方々で聞いて回った記憶がある。しかし「知らない」という返事しか得られなかった。

東北で生活するようになって、ある日、とつぜんその貝に出会った。場所は東北の太平洋沿岸ではなく、内陸部の遠野のスーパー。パックのシールに『赤皿貝』と記されたのを見て「これだ!」と心が騒いだ。

赤皿貝は、養殖ホタテの害虫ならぬ害貝なのだという。見た目はホタテと瓜二つながら、ちょっと小振りで色は赤褐色。かつて見たテレビ番組では、レポーターが「うまい、うまい」と連呼していたが、生の貝は匂いが少しキツくて本当に食べられるのかと思うほど。

しかし、みそ汁の具にして食べてみたら、なんとまあ、こんな美味しい貝汁は初めて!ってくらい最高だった。

余談だが、カキ養殖の害貝だったシウリガイは、今ではムール貝として高級食材として出回るようになった。しかしホタテの害貝、しかもおそらくムール貝よりもはるかに、そしてホタテに比べたってとっても美味な赤皿貝は、三陸地方のスーパーでもごく限られたところでしか売られていない。料理店で出されることもない(知る限りではあるが)。たぶん足の早い食材だから、流通に乗せることができないのだろう。地元でもこの貝のことを知らない人の方が多いのも理由は同じと思われる。

とはいえ、飲んべえ仲間の間ではアカザラガイかイシカゲガイかと言われるくらい密かに愛好されていて、みそ汁もいいけど、直焼きでも美味いよと教えてもらった。貝の片方だけ身を外して、ストーブの上に置いとけば5~6分もすれば食べごろだよと。

勤労感謝の日、たまたま赤皿貝をゲットできたので、お世話になっている仮設住宅の住人宅で試してみた。ホタテ用の貝剥きでは大きすぎるので、スプーンを使って薄い殻の方の身を外し、ストーブの上に。ホタテよりもずっと小振りながら、貝の厚みがあるから、小さめの貝でも身は大きい。ほんの数分で、貝の中で身が煮える音が聞こえてきて、ミディアムレアの状態でお口へ。

その味わいの美味なること、言うまでもなし。

北国のお宅を訪問した時、玄関を開けてふわっと灯油の香りがしてくると、それだけで暖かくなることはよくあるが、石油ストーブで炙るカキやホタテなど海の幸の香りが交じったりするとさらに幸せな気持ちになる。

ホタテの味をぎゅぎゅっと濃縮した赤皿貝の焼ける香りが仮設住宅にみちていく。外では小雪も舞っていたが、仮設の狭い一室があたたかくて、どこかなつかしい場所に変貌していく。

ホヤ、トシル(アワビの肝、トシロとも言う)にも匹敵するアカザラガイ。三陸の三大珍味と呼んで差し支えないと思う。そのいずれも、足が早いから現地でしか本当の味を体験できないという点でも珍味と称するにふさわしいものだと思う。

東北の冬は寒くて長い。そんな土地だからこその、他では得ることのできない幸福がある。神さまからのプレゼントとでも言うべきか。