【シリーズ・この人に聞く!第66回】「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を主宰する、心理学者であり哲学者 西條剛央さん

どんなことにも意味がある。

――ここまでお話し伺って、西條さんは子どもの頃から自立心が強かったのではと思いますが、思春期に反抗的な態度を取ったり、大人になったら…の夢はありましたか?

反抗期は普通にありましたよ。中学の頃とかは、母親と並んで歩くのとかすごく恥ずかしくて、遠くから「タケオ~!」と呼ばれるのも嫌でした(笑)。僕は自由にやってよいという環境で最も力を発揮するタイプなので、サラリーマンには向いていないな~とおぼろげながら思っていました。特に夢というのはなかったですが、ただ、教えることには興味を持っていた気がします。4人兄妹だったこともあって、学生時代は基本的に仕送りなしの条件で早稲田に行かせてもらったので、ずっと家庭教師のバイトをしてました。

近所のお友達と一緒に(真ん中が西條さん)。

――学問だけでなく、人が好きなんですね。これから大変な時代になりますが、子どもたちにはどんな言葉を贈りたいですか?

子ども達ではないのですが、大人の皆さんに伝えたいことがありますね。まず、子ども達が自己肯定感をもてるような関わり方をしてもらいたい、ということです。「生まれてありがとう」と抱きしめてあげて欲しいですね。
あと、子ども達に伝えて欲しいことは、「どんなことにも意味がある」ということです。何か嫌なことが起きたときにも、「これは○○ちゃんが何を学ぶために起きてるんだと思う?」と問いかけて一緒に考えていくことで、何事にも意味を見出す習慣がつくと、ずいぶんと生きやすくなると思います。起きた出来事は変えられません。しかし、その意味は事後的に決まります。僕は今回の震災で大切な人を失いました。2万数千人を越す多くの人が亡くなったこの出来事を肯定することは決してできません。しかしこうした悲惨な出来事があったからこそ、僕らはこんな風になれたと思うことはできるはずです。それが僕らの目指すべき未来だと思っています。

活動目的は「被災地、被災者のためになること」。『ふんばろう』が必要とされない社会を目指す。

――それは、大人にとっても沁みる深い言葉ですね。この震災を乗り越えて、3.11があったから日本はよくなったというようになりたいです。西條さんが政治家になったら日本が変わる気がします。そんな声は掛かりませんか?

僕が政治家になることはないと思います。ただ一般の方々や、政治家の「考え方」を変えていくことで、世の中に少しでも幸せな人が増える一助になれたらとは思います。

――最後に一言お願いします。

今回の津波で大好きな伯父さんも亡くなってしまい、とにかく、自分ができることはすべてすると決めて活動しています。これからも家電プロジェクト、ガイガーカウンタープロジェクト、ソーシャルファイナンスプロジェクト、カーシェアプロジェクトなど被災者支援になることはどんどん実現していきます。
「ふんばろう東日本支援プロジェクト」はHPをみて、どこの避難所のどういう人達が何を必要としているのかすぐにわかりますし、誰でも直接送ることができます。家族や友人、仕事、街のすべてを失った被災者の皆さんが、もう一度前を向いて、歩み出せるよう、皆さんも可能な範囲でご支援いただければと思います。

編集後記

――ありがとうございました! どうもありがとうございました。西條さんを「平成の龍馬」と誰かが名付けていましたが、大河ドラマで龍馬を演じた福山雅治を彷彿させる容姿だけでなく、その取り組みは人を動かす何かがあります。その考え方の核は研究テーマにあって、しっかり実践されていらっしゃるのが、わかりやすくて素晴らしいです。私も「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を通じて何度か被災されている個人宅へ支援物資をお送りしました。まだまだ長く掛かる東北復興への道。できることをできるだけして支えてゆきたいと思います。

取材・文/マザール あべみちこ

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