「羽生善治と互角に戦う若い棋士」といえば、この人を差し置いて浮かばない。一昨年末に初タイトルの竜王を獲得。昨年、初防衛。弱冠22歳の棋士が個人的に書くBlog日記は、将棋界をはじめ多くのマスコミ関係者がアクセスする人気Blogだ。将棋界の手についてだけでなく、日々の雑感について歯に衣着せぬ思いを自分の言葉でキッパリと語る。そのキレのよさは、頭のよさに通じている。この夏2歳になる男の子のお父さん(若い!)でもあり、将棋界を揺るがす時代の寵児としてますます期待が高まる。そう昔ではない子どもの頃を振り返っていただき、好きな道をプロとして早くに極めた道程について、そして我が子についての思いを語っていただきました。
渡辺 明(わたなべ あきら)竜王
1984年生まれ。東京都葛飾区出身。日本将棋連盟棋士。現在は竜王のタイトル保持者。2004年7月に長男が産まれ一児の父に。趣味は野球観戦と競馬。
■昇段履歴
1994年 6級 1997年 初段 2000年4月1日 四段 2003年4月1日 五段 2004年10月1日 六段 2005年10月1日 七段 2005年11月17日 八段 2005年11月30日 九段
■タイトル履歴
竜王 2期(第17期-2004年~18期) 登場回数合計 3回 獲得合計 2期
■優勝履歴 銀河戦 1回(第13回-2005年)
新人王戦 1回(第36回-2005年) 優勝合計 2回
■将棋大賞
第30回(2002年度)新人賞 第31回(2003年度)敢闘賞 第32回(2004年度) 殊勲賞
英才教育なしでも、勝つことが楽しかった。
――いつ頃から将棋を始めたのですか?
将棋を触って指す真似事ができるようになったのは幼稚園の年長くらいかな。将棋スクールへ通うようになったのは小学1~2年生からですね。戦うということより、頭に浮かんだ手を直感で指していました。きっかけは将棋ファンの父で。普通のサラリーマンでしたが将棋が好きで。父に教わったのが最初です。
――それって、今からほんの15年くらい前のことですよね。というと、コンピュータゲームとかも既にあったのでは?
ありましたよ。僕も持っていました。でも、ゲームにそれほど没頭した覚えはないですね。放課後は外で友達なんかと大勢で野球とかして遊んでいましたし。パソコンやケータイがまだ無かった時代ですから。
――やはり頭のデキが普通の子とは違ったのだろうな、と思いますが。スクールに通って将棋はぐんぐん上達されました?
僕は将棋連盟の「子ども将棋スクール」という所に入って、8級からスタート。初段になって卒業しました。子どもって、大人と違ってとっても早く上達するようです。そこからは「奨励会」という、筆記や実戦の入試テストもあるプロ養成機関へ入った。そこを経ないとプロになれないんですね。当然そこには全国各地から将棋の強い子が集まってくる。僕は10歳の時6級で入会。「奨励会」の6級というのは、アマチュアでいえば四~五段のことです。
――渡辺さんにとって子ども時代に感じていた将棋の魅力って何でした?
子どもは直感勝負なので、勝負ごとに勝つことが楽しかった。先を読む楽しさは、子どもの頃はまだ無かった。もちろん、負けることもある。例えば五勝一敗の場合、大人になると「まぁまぁだな」……と思いますが、子ども時代は一敗でも「うーん、なんで負けたんだろ」と悔しさをにじませる。そういう気持ちを糧にして、少しずつ強くなっていく喜びというか……。
――将棋ファンだったお父さんやお母さんは、渡辺さんがこれだけ若くしてプロになることをイメージされていたのでしょうか?
う~ん、イメージしていたかどうかはわかりませんが、少なくともプロになるための英才教育を仕込んできたわけではありませんでした。父には、好きなことをさせてもらったという感じです。母は、のんびりしている性格ですし、将棋の指し方も知らないので、ほとんど何も言わなかったです。怒られたこともないですね。
――教育方針はどのようなお考えだったのでしょう?学校の勉強については?
学校の勉強についてはまったくノータッチでした。勉強しろとか、ああしろこうしろというのは一切なかったです。僕は、どちらかというと現代国語や日本史が好きでした。数学は人並みにはできたけれど、率先してやろうとは思いませんでした。将棋というと、計算とか組み立てる力ということで、そう思われるようですが、実際興味があったのは文系だったんです。
――そんなに頭もよくって、親御さんの理解もよくって……となると当然、中学受験はされました?
しました。でも受験体制に入るのが遅かったからそんなにものすごく勉強して偏差値の高い学校へは行けませんでしたけれど。(といっても、かなり優秀な子が集まる聖学院中学・高等学校へ通学)まあ、落ちて公立へ行くこともあるかな、という感じで考えていましたし。
一瞬の突破力で結婚も大手を賭けた?!
――渡辺さんが「強い!」と思うのは、どういうスキルのことでしょう?
うーん、難しいですね。プロの世界って同じような実力の人が密集している中で勝負する。その差はあまりないけれど、本当に強い人だけが一瞬で抜けるんだと思うんですね。接戦で一歩抜きん出ることのできる力があるかないかで強いか弱いかが決まる。特別な何かが備わっているというより、そういう突破力なんではないかと思います。
――毎年「小学生名人戦」(正式名称は「公文杯争奪小学生名人戦」)を放送していますよね。今年で31回目を迎えていますが……もちろん常連でした?
はい。小学生将棋名人戦は、確か10歳の頃(第19回)優勝しました。うれしかったですよ。これが小学生時代の一番大きな大会だったんですね。前年度も出て、その時は負けてしまってベスト8で終わった。ベスト4くらいになって、やっと優勝が近いなと。
――子どもの頃、将棋の他に習い事はされていましたか?
幼稚園時代に体操を。小学校時代は書道を1~2年。塾は3年生で1年間。その後、将棋が忙しくなって6年生になって受験のため1年。中学入学は、将棋部もなかったし、これまで通り「奨励会」に通ってプロ目指して将棋していました。書道は、トップ棋士になると筆でサインするので上手く書けるように……なんて思いでやっていましたが。短かったので、技はつかなかったですが(笑)。
――同世代の子に比べて、抜きん出た力をもっていると大人っぽくなりますよね?
違う世界を知っていたことでは、そういうこともあるかもしれませんね。周囲は、僕が将棋をやっていることを知っていましたけれど、自分と同年齢で将棋をやっている奴を見たことが無かったんでしょうね。最初はちょっと驚いても、月2回ほど将棋のため休んでいたこと以外は普通に接していました。
――「プロ棋士として生きていくんだ!」と決意されたのはいつ頃ですか?
奨励会入会時に、ですね。2000年(16歳当時)に四段を取って、ここからが本格的なプロとして認められたわけですが。中学生棋士としては4人目でしたが、高校生になると結構そういう人がいるんです。学業と将棋士の二足の草鞋を履いているような。僕の場合は、大学に進学する、という考えもあったわけですが……将棋の世界だけでみると、大学に行っても行かなくてもどっちでも変わらないんですが、僕自身の興味はありました。でも、最終的にはプロの棋士として生きていくことにしました。
――高校卒業されてからの生活はガラリと変わったわけですね?
プロになると対局料をもらえるんで、思い切って一人暮らしを始めました。その頃プロ4年目で、勝つようになってきたので収入も増えてきました。その頃、妻とも出会いがあって……。周りには結婚することを話したら驚かれましたけれど。家族には「結婚が早くて、将棋が弱くなったと言われないように頑張れ」と。結果的には、結婚しても勝ち続けているのでよかったなぁ、と。
――奥さんも将棋をされる方ですか?
していた、と過去形ですね。妻のお兄さんがやはり将棋のプロでして。家族で将棋界のことをよくわかってくれていたので、そういう意味ではありがたかったです。
自分の好きなことを選んで生きてほしい。
――息子さんに、確実に将棋のDNAが受け継がれているわけですね。お子さんが生まれてどんな変化がありますか?
例えば小さい子が道端で遊んでいても、これまでは全然見向きもしなかったのですが、自分の子が生まれてからは声を掛けてみたくなったり。父親になることって、そういう変化があるんですね。息子はこの夏2歳になりますが、将棋の駒を駒台に乗せて積んで遊んだりしています。機嫌がいい時はいいのですが、急に機嫌が悪くなってうお~~!と将棋の駒を散らかしてくれるんです。それをいちいち僕が駒数を確認して拾い集めなくてはならないのが面倒くさいんですが(笑)。感情の起伏が激しいのが不思議というか、子どもっておもしろいですね。
――お子さんは、どんなふうに育てたいですか?
ごく普通に生きていくことも一つの選択ですし、何かやりたいことがあれば熱中してやるのもいいですし。プロ棋士になるために、何かを押し付けたり、教えたりということはないと思います。本人がプロ棋士になりたいと望めば、それは勝手に頑張ってもらいますけれど(笑)。子どもは3~4人くらいほしいです。でも、今一人目が2歳になるところで、ちょっと楽になってきましたが。これをまた1から繰り返さないといけないとなると大変だなぁ…と。
――将棋の魅力ってどんなところでしょう?
同じ戦いにはならないし、次々と新しい手が出てくるところ。アマチュアだと、世代を超えて楽しめる点ですね。お爺ちゃんと孫でも同じステージで闘えるわけですから。そういうところで人と人とのコミュニケーションが生まれたりしますし。
――対局では緊張されると思いますが、趣味は競馬とお聞きしています。競馬で発散されていますか?