全線再開2周年。今日も明日も明後日も走り続ける三陸鉄道

岩手県沿岸部を南北に結ぶ三陸鉄道は、今日も宮古に久慈に、釜石に大船渡(盛)に入線してくる。そして三陸沿岸の数々の港を浜を、人々を結んで走っている。

宮古駅に入ってくる三陸鉄道の車両(2016年1月)

あの日の熱い思いを胸に

ホームに詰めかける多くの人たち。車両新調の支援をしてくれたクウェートからのお客様や、政府や県の関係者、そして藤原紀香さんなど来賓の方々。ホームを埋め尽くすかのような三陸鉄道とクウェート国旗。そして走りはじめた一番列車の通過を待ち受けて、沿線で振られたたくさんの大漁旗、人々の笑顔……。あの日がまるで昨日のことのように思い出される。

あれから2年。ただでさえ元々赤字路線だった第三セクターの地方鉄道。地元はじめ、多くの人たちの期待を受けて開業し、5年間は黒字を続けた「地方鉄道の希望の星」だった三陸鉄道は、地域の人口減少に抗って再建の最中にあった。

あの年の3月11日。地震と津波被害で全線不通におちいった三陸鉄道。

しかし、震災から5日目には一部区間で「復興支援列車」の運行が再開される。震災からわずか5日目!10日後には、線路下の建物まで破壊された田老駅と宮古駅を結ぶ区間でも運行が再開された。

三陸鉄道は「負けない魂」の象徴になった。

あたたかい笑顔の奥にある「人の強さ」

ある日の「三鉄」宮古駅、宅配便屋さんも走る!

晴れやかな全線再開のニュース。あれから2年――。変わったこと、変わらないこと、変わりようのない現実。そんな中で三陸鉄道は今日も走り続けている。

5年前の震災で、線路や車両、駅などの施設が破壊される大きな被害を受けていた。再開まで3年の年月を要したことが被害の甚大さを物語る。それでも三陸鉄道は再び全線で営業運転を再開した。赤字からの脱却が出来ないまま津波被害に呑み込まれてしまったにもかかわらず、苦難をはね返して再開した。その記念日が4月6日なのだ。

三陸鉄道は走り続ける。沿線各地の素敵な人たちをつないで。沿線各地の素敵な人たちというのは津波に負けずに立ち上がった人たちに他ならない。震災の苦しみの中でも走り続けてきた三陸鉄道は、同時に沿線の人々の希望だった。

実際に三陸鉄道に乗車した時、夕暮れ近い沿線で、大漁旗こそないものの手を振ってくれる人たちの姿があった。クルマで三鉄沿線を走っている時、たまたま車両(三鉄の車両はディーゼル車だから電車とは呼べない。通常は1両編成だから列車と呼ぶ訳にも行かない)の通過に出くわした地元の人たちが手を振っている姿を目にしたことは、二度や三度のことではない。

震災からの復興はまだ道半ば。それでも沿線でがんばっている人々を結んで、三鉄は今日も走り続ける。美しい風景(リアス式海岸の海の美しさには息を呑むばかり!)、おいしい食べ物(これからがシーズンのウニ、そして恋し浜の絶品ホタテ、さらにカキもまだまだ楽しめる!)、そして、あたたかくて優しくて強い人たちに会いに三陸鉄道の旅。他には得られない旅がそこにある。

行こうぜ、三陸!

2年前の今日、第二の誕生の日を迎えた三陸鉄道には、復興の遅れや沿線住民の減少など物ともしない強さがある。ひとりでも多くの人に三陸沿線に来てもらうため、あの朝ドラに登場した「うに丼」のオリジナルを楽しめるお座敷列車(こたつ列車)やレストラン列車など、企画列車も続々。4月28日には宮古特産の花見カキを楽しむ「花見カキ列車」も運行されるとのこと。

この案内表示を駅舎の窓に貼り付けてくれる心意気にじ〜んとくる

スペシャルな企画列車でなくとも、たとえば三陸鉄道の南リアス線、息を呑むほど美しい釜石観音のビュースポットや、お正月のご来光列車が停車する絶景の吉浜付近などで観光アナウンスをしてくれたり。

逆境にあるのは日本中同じこと。でも負けない。津波で大きな被害を受けていても挫けない。そんな三陸鉄道の心意気、ぜひたくさんの方々に知ってほしいと思う。